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いろとりどりの歌 第13曲「白露に」

 第13曲は 百人一首第三十七番
 ≪白露に風の吹きしく秋の野はつらぬきとめぬ玉ぞ散りける≫ 文屋朝康 (後撰集・秋)

 百人一首に親しみ始めて最初に好きになったのは、以前に書いた 「長からむ」、それとこれでした。

 都のはずれ、草生い茂り 果てがどこともつかぬ広野。
 月明かり、冷たい風。
 寂しく 不気味さを感じさせる大自然の中、うつろに物思いにふける男ひとり。
 そんな男の目を覚まさせるために吹いたかのような突然の強風。
 草葉に置いた白露がパラパラと吹き飛び、月光に光った。
 まるで紐で貫き止めていない玉 (真珠) が飛び散るようだ。

 −男は何を思っただろう…。

 そんな感じでイメージを膨らませていたものです。

 実際はどんな野であるか、また 夜かどうかは判らないので、想像逞しすぎる解釈であるかもしれません。

 その前に これは実際目にした光景でなく、作者が想像を膨らませて描いた風景画みたいなものでしょう。

 ひょっとすると、この歌の中に詠み手はいないのかもしれない。
 人物のない風景画。

 しかし いずれにせよ、夜であるほうが白露のきらめきは一層鮮やかになりますよね。

 一方 白露に涙を連想させる意図はなかったのでしょうか。
 もしあったとすれば、私の解釈もあながち的外れではないのではないかと思うのですが。

 詞書は「延喜御時 歌召しければ」。延喜は醍醐天皇の御世、901〜22年の間。
 「つらぬきとめぬ玉」という斬新な見立てに拍手喝采であったに違いありません。



 文屋朝康(ふんやのあさやす) は 平安中期の歌人。「吹くからに」 の文屋康秀の子です。
 
 そう身分の高くない官人ですが、歌人としては相当に重んぜられたらしく、晴儀の歌合に何度も召されているとのことです。
 しかし勅撰和歌集には 古今和歌集に1首と、後撰和歌集に2首が入集しているに過ぎないらしい。
 ヒットは多いけど ホームランは少ない人だったのでしょうか。
 この歌はまさに彼の絶唱だったのでしょう。


 百人一首に採られた文屋親子の歌はともに秋、しかも秋風を詠んでいます。

 1番目の天智天皇と 2番目の持統天皇は父娘で、しかも春・夏、そして秋の言葉が詠いこまれているというように、百人一首はセットになるように選ばれていると思われる歌が少なくありません。

 古くから伝えられてきたように、選者 定家が 自筆の百枚の色紙を嵯峨の山荘のふすまに張ったのだとすれば、その張り方を考えてのことでしょうか (一枚のふすまに色紙を二枚ずつ張るとか)。

 とすると、本当はこちらの歌のほうが優れていると思うけど、対にするならこちらを選んだほうが収まりがいい ということがあったに違いない。

 それこそ 私が 百人一首が単純な秀歌選ではないに違いないと感じていた一番の理由なのです。

author:, category:いろとりどりの歌(百人一首鑑賞), 12:58
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