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いろとりどりの歌 第15曲「忘らるる」

 第15曲は 第三十八番
 ≪忘らるる身をば思はず誓ひてし人の命の愛しくもあるかな≫ 右近 (拾遺集・恋)

 今回は友近ではなく右近。
 当コーナー 2つめの恋歌です。

 第9曲「長からむ」で、これからは積極的に恋歌を取り上げると書きましたが、秋の間にできるだけ秋の歌を取り上げておきたくて、結局後回しになってしまいました。

 = 忘れられる自分はどうなってもいい、それよりも永遠の愛を神に誓ったあの人が 神罰を受けるようなことがありませんように =

 芸術作品の主要なテーマである <女の自己犠牲> のようで、一見 涙さそう健気な女の姿ですが、「神罰を恐れよ!」という恨みにもとれるのが面白い。

 また 珍しく二句切れ、つまり「忘らるる身をば思はず」で切れるのがちょっとした妙味でもあります。

 右近は、交野(かたの) の少将と呼ばれ 鷹狩りの名手であった藤原季縄(すえなわ) の娘。
 醍醐天皇の皇后 穏子(おんし) の女房として仕え、村上天皇時代 歌合で活躍しました。

 なお 交野は大阪府北河内、枚方や寝屋川に近い地。平安時代は遊猟地で桜の名所でした。
 私は小学5年から中学1年までの3年間住んでおり、思い出の地であります。


 さてさて、この歌がさらに面白いのは、実際の恋愛の歌である可能性が高いこと。

 「大和物語」第八十一〜八十五段には、この歌を含む 右近の恋の話3つが収められています。

 そのうち第八十一、八十二段は、右近が穏子に仕えていた頃 藤原敦彦…ではなく 敦忠と将来を誓いあったが、右近が出仕をやめて里に住むようになると、全く訪れることがなくなったという話。

 第八十三、八十四段は、右近が内裏の曹司に住んでいた時の、蔵人頭との話。
 八十三段は 愛し合っている時のしゃれたエピソードですが、八十四段では「男の忘れじとよろずのことをかけて誓ひけれど忘れにける後に言いやりける」として、この「忘らるる」の歌があり、「かへりごとはえ聞かず」と書かれているのです。

 「忘らるる」を送った蔵人頭は誰なのか。

 敦忠、師輔(もろすけ)、朝忠などの可能性が考えられるとのことですが、分からないようです。

 八十一、八十二の話の相手は敦忠なのですから、別の男だろうと思うのですが、この話の相手も敦忠という説が一番有力とのこと。
 となると、1度破局の危機を迎えたものの 持ち直したということでしょうか。

 敦忠は 何を隠そう、あの時平の三男であります。
 一方 師輔は忠平の次男。敦忠と師輔はいとこにあたりますね。
 朝忠は 定方の五男。

 敦忠は 「逢ひ見ての」 が、朝忠は 「逢ふことの」 が、定方 (三条右大臣) は 「名にし負はば」 が、それぞれ百人一首に採られています。

 ***

 「大和物語」の右近、最後の第八十五段はまた別の話ですが、紹介しておきます。

 桃園の宰相の君 (藤原師氏) が右近のところに通っているという噂が立っていたのですが、根も葉もないことだったので、師氏に歌を送ったというのです。

 <よしおもへあまのひろはぬうつせ貝むなしき名をば立つべしや君>

 「よしおもへ」がちょっと判りにくいのですが、「よし」は「由」でしょうか? 「原因を考えろ」という意味?
 とすると、私のことが好きなら通ってきなさい というアピールともとれるような…。
 とすれば 面白いですねぇ。

 さらに二、三句は、びっくりするほどエロティックで大胆なことを喩えているのではないかと想像してしまうのですが、下衆の勘ぐりでしょうか。

author:, category:いろとりどりの歌(百人一首鑑賞), 12:15
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