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いろとりどりの歌 第16曲「逢ひ見ての」
 第16曲は 第四十三番
 ≪逢ひ見てののちの心にくらぶれば昔はものを思はざりけり≫ 権中納言敦忠 (拾遺集・恋)

 藤原敦忠は延喜六年(906) 生まれ。左大臣 時平の三男。

 承平四年(934) に蔵人頭になっていますので、「大和物語」の右近のエピソードの蔵人頭が敦忠だとすれば、「忘らるる」はその頃の歌ということになりますね。

 天慶五年(942) 従三位・権中納言に至りますが、翌年 死去。時平以上の早世になってしまいました。

 美男で「世のめでたき和歌の上手」(大鏡) と讃えられ、雅子内親王 (醍醐天皇皇女、伊勢斎宮) ほか多くの女流歌人との贈答歌が残されています。後撰和歌集をはじめ 勅撰和歌集に三十首が入集。
 また琵琶の名手で、枇杷中納言と呼ばれていました。

 私の名と一字違いの男が 風流のイケメン貴族。
 う〜ん、素敵…。

 この歌は、そんな敦忠らしい歌ということになりましょう。
 女性宅で愛を交わし、暁に別れた後に贈った 後朝 (きぬぎぬ) の歌です。

 = 結ばれた後の気持ちに比べれば、結ばれる前は何も思っていなかったようなものだ =

 どれだけ愛しているかを訴えかける歌というわけですが… どうも気恥ずかしい…。こそばゆい…。

 やはり 私、この手の歌は苦手です。

 
 敦忠の他の作品を見ても、ロマンティックな情緒に溢れており、若き貴公子の多情ぶりが伺えます。

 面白いのは、
 <くもゐにてくもゐに見ゆるかささぎの橋をわたると夢に見しかな>

 一見それとは分かりませんが、恋歌。
 詞書は「はじめて人につかはしける」です。

 つまり宮中にいても、さらに雲の上の存在であるような女性へ恋心を伝えているわけです。

 新勅撰集では詠み人知らずの返歌が収められています。
 <夢なれば見ゆるなるらんかささぎはこの世の人のこゆる橋かは>

 大胆なチャレンジはやはり無謀であったようです。

 それにしても誰を狙ったのでしょう。

 ひょっとすると 雅子内親王へのファースト・アタックという可能性もあるのでしょうか。
author:, category:いろとりどりの歌(百人一首鑑賞), 10:09
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