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いろとりどりの歌 第17曲「逢ふことの」

 第17曲は 第四十四番
 ≪逢ふことのたえてしなくはなかなかに人をも身をもうらみざらまし≫ 中納言朝忠 (拾遺集・恋)

 天暦御時歌合 (天徳内裏歌合) (960年) で披露された歌で、第十九番目に左方から提出されました。
 右の歌は、藤原元真の
 <君恋ふとかつは消えつつ経るものをかくても生ける身とや見るらむ> 

 「左の歌はことば清げなり」という判定で、朝忠が勝ちました。

 = いっそ逢うことがなくなってしまえば 彼女のことも自分のことも恨まずに済むのに =

 事情があってなかなか逢うことができない恋ということでしょう。「逢ふ」は やはり前回の歌と同様、夜をともにするという意味があります。


 藤原朝忠は 平安時代中期の公家・歌人 (910-967)。藤原定方の五男。官位は従三位・中納言。

 定家が 百人一首を、2首 あるいは3首セットでふすまに張ることを前提としていたとするなら、この歌は父 定方の 「名にし負はば」 ではなく、やはり 敦忠の「逢ひ見ての」とセットだったろうな。
 この歌となると ふと気になることです。

 ほぼ年代順に並べられた百人一首の四十三番目が「逢ひ見ての」で、次が「逢ふことの」。

 ともに「逢ふ」で始まるものの、片や 恋の始まりの最高に幸せな時、こちらは逢えない辛さという好対照。

 さらには 似た作者名。
 ついでに敦忠は琵琶の名手で、朝忠は笙の名手。

 さすがにそれらは関係ないでしょうか。

 
 朝忠の歌は勅撰和歌集に21首が入集しているとのこと。

 続千載集にこんな歌があります。

 <世の中はただ今日のごと思ほえてあはれ昔になりもゆくかな>

 − 今日の出来事のように思っていることが、いつの間にか昔のことになっていくものだ −

 なんとも単純な歌ですが、いいと思いませんか?
 鑑賞者がそれぞれ 自分の人生をしみじみと振り返ることができる。

 折りしも先日、中学の時の同窓会の誘いの電話があったのですが、中村君の声や話し方は46のオッサンではなく、丸坊主で細くて、ちょっと大きめの学生服が独特のシルエットであった中学時代のそれ そのままでした。
 出席できないことを伝えなければならなかったことは残念無念…。
 中学の時のことをいろいろと思い出していました。

 なお この歌は「朝忠集」では 朱雀天皇崩御後の哀傷歌として収められているとのことです。

author:, category:いろとりどりの歌(百人一首鑑賞), 23:24
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