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いろとりどりの歌 第21曲「田子の浦に」

 第21曲は
 ≪田子の浦にうち出てみれは白妙の富士の高嶺に雪は降りつつ≫ 山辺赤人 (新古今集・冬)

 さて やっとこさ 冬の歌を。
 百人一首では冬の歌が六首選ばれていますが、その最初に出てくるもの、すなわち一番古い歌です。
 全体では四番目。百人一首は七番目の 安倍仲麿の 「天の原」 までが奈良時代のものです。

 大変有名な歌ですね。
 元来の歌とは少し違っていることでも有名。

 「万葉集」巻三に「不尽の山を望める歌一首ならびに短歌」として、≪天地(あめつち) の 別れし時ゆ 神さびて …≫ という歌があり、そのあとにある反歌が
 ≪田子の浦うち出でてみれば真白にぞ不尽の高嶺に雪は降りける
 なお 万葉仮名による原文は ≪田兒之浦打出而見者真白衣不盡能高嶺尓雪波零家留
 これがオリジナルです。
 そして太字にした部分が、新古今集 および百人一首掲載のものと違っています。

 もちろん意味も変わってきまして、「田子の浦ゆ」の「ゆ」は「天地の別れし時ゆ」の「ゆ」と同様、起点を表わす助詞。
 ですから本来は「田子の浦から船を漕ぎ出して」ですが、それが新古今では「田子の浦に出て」と変わっています。

 また「降りける」の過去 あるいは完了は、「降りつつ」の現在進行形に。

 さらに「真白にぞ」の直接的な言葉が、「白妙の」という枕詞に。

 この違いは何なのか。

 「新古今」編纂は鎌倉時代初期 1204年頃ですから、400〜500年前の歌を選んだということになるわけですが、当時 万葉仮名の読み方が一定していなかったため間違った という説。
 しかし現在では、定家を含む選者が当時の趣味に改作した というのが定説になっているようですね。

 つまり美しい海辺の景色と 雪を頂いた富士という 万葉調の素直で雄大な情景は、新古今時代にはおもむきが足りないと感じられた。

 そこで「白妙の」という枕詞に置き換え、さらに今降っているようにすることによって、微妙な情趣、幻想味を出した。

 では「ゆ」はどうでしょう。
 これは読み間違えという可能性もある気がするのですが。

 私が “新古今版” で気になるのは、今まさに雪が降っているということは、どす黒い雲がかかってしまって 山頂は見えない状態になるのではないかということ。
 そうなると「白妙」はおかしいですよね。

 この歌だと、もくもくとした白い雲から雪が落ち、それが雪を頂く富士山につながっているという、マンガチックな光景を想定していたようにも感じられるのですが、そんなことがありえるのでしょうか。
 田子の浦の天気はどうなんだということを含めて、どうも情景をイメージしにくいのです。
 山や気象の専門家に尋ねてみたいものです。

 ***

 山部赤人 (新古今集では 山“辺”赤人と誤記) は、柿本人麻呂と並び称された奈良時代の代表的歌人。経歴などほとんど不詳のようです。

 田子の浦は駿河湾の一番奥まったところのに今でもその名を残しています。
 現在でも雄大な富士を望むことができるようですね。

author:, category:いろとりどりの歌(百人一首鑑賞), 15:34
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