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いろとりどりの歌 第22曲「朝ぼらけ宇治の…」

 第22曲は 百人一首第六十四番
 ≪朝ぼらけ宇治の川霧たえだえにあらはれわたる瀬々の網代木≫ 権中納言定頼 (千載集・冬)

 宇治にまかりて侍りける時よめる
 = 明け方になって あたりがうっすらと白んでくると、それまで宇治川いっぱいに立ち込めていた川霧が途切れるようになって、瀬ごとに設けられた網代木がずっと向こうのものまで見えてくるようになった =

 網代(あじろ) は、冬に氷魚(ひお)(鮎の稚魚) を採るための仕掛け。
 浅瀬に杭を打ち、竹や木で編んだ簀(す) を掛けたもので、当時 冬の宇治川の風物詩だったとのことです。
 網代木(あじろぎ) はその杭のこと。

 “都のたつみ” 宇治は当時、都からそう遠くない山里として、自然に安らぎを求める貴族たちが山荘を営んだ地。あるいは世を捨てて隠れ住んだ地。
 「源氏物語」の宇治十帖の世界でもありますね。

 冬の山里の夜明け。川音。
 風はないものの、肌を刺すような冷たい空気。
 川面を被っていた霧が散って、視界が広がっていく。まるで川が眠りから醒めるように。

 清冽な風景画です。
 山登りでもそうですが、霧が切れ 視界が広がる時というのは感動的なんですよね。


 藤原定頼(さだより) は 平安中期の公家・歌人 (995 - 1045)。「滝の音は」 の藤原公任の長男。
 官位は正二位・権中納言。四条中納言と呼ばれました。
 勅撰和歌集には四十五首入集。
 不名誉なことに 小式部内侍の「大江山」 で 小式部内侍にやりこめられたことにされてしまった男であります。

 定頼の比較的知られた歌に
 <水もなく見え渡るかな大井川峰の紅葉は雨と降れども> がありますが、
「西行上人談抄」にこの歌に関するエピソードが掲載されています。

 一条天皇の大堰川行幸のお供として公任・定頼親子が同行した時のこと。
 公任は自分の歌よりも息子の歌の出来栄えが気になって仕方ない。
 いよいよ定頼の番となり、詠み手によって上の句が詠まれると、公任は顔色を変える。「大井川の水が見えない」とは何事だと。
 しかし「紅葉が雨のように降って(川が紅葉で敷き詰められて)」という下の句で、公任は一転 大いに満足したのことです。

 そういえば 私の父も、メルマガやブログの記事について、たまに 誤字などの指摘や 意見を寄こしてくるのですが、似た心境なのかもしれません。

author:, category:いろとりどりの歌(百人一首鑑賞), 20:51
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