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いろとりどりの歌 第26曲「君がため春の」
 第26曲は 第十五番
 ≪君がため春の野に出でて若菜つむわがころもでに雪は降りつつ≫ 光孝天皇 (古今集・春)

 “春は名のみの風の寒さ”。
 今日 確定申告に行ったのですが 安堵とともに税務署を出ると、なんと 細かい雪が風に舞っているではないですか。まもなく止みましたが、大阪堺にしては大変珍しく 目の錯覚かと思いました。

 この歌も寒い春の日のもの。若菜を贈るにあたって添えられた歌というわけです。
 = あなたにさしあげるため 春の野に出かけて若菜を摘んでいます。そんな私の袖には雪が降っています = 解りやすい歌ですね。

 春、若菜、衣、雪、なんとも繊細で清らかな印象。
 天皇の歌という感じではありませんが、古今集の詞書には「仁和(にんな) の帝、みこにおはしましける時人に若菜たまひける御歌」とあるように、光孝天皇がまだ若く 時康親王であられた時の歌なんですね。
 権力欲をたぎらせる皇子ではなく、心優しいおぼっちゃまという感じです。

 光孝天皇は第58代天皇 (830-887)。文芸に秀でており、和歌・琴の名手であったとも。
 しかし55歳で即位したことでも判る通り 決して世に時めいた存在ではなく、不遇の時代を長く過ごしたようです。
 即位時 すべての子女を臣籍降下させ、子孫に皇位を伝えない意向を示していたとのことですが、次の天皇の候補者が確定しないうちに病を得たため、子息 源定省(さだみ) を親王に復し、立太子させました。その日のうちに天皇は58歳で崩御。定省親王は かの宇多天皇として即位しました。

 この歌、天皇の歌という感じではない と書きましたが、光孝天皇は真面目で謙虚で 幸薄い感じがしますね。
 この歌のナイーヴさにつながっているような気がしてきます。


 ところで「若菜」は春芽を出し始めた食用の菜で、あつものにして食べると邪気を払うとされていました。
 後には年中行事として、天皇に若菜を供する儀式がおこなわれるようになったとのことです (醍醐天皇時代から?)。
 現在 1月7日に食べられる習慣のある「七草がゆ」に通じているのでしょう。

 “春の七種(草)” とは「芹なづな御行はくべら仏座すずなすずしろこれぞ七種 」という歌によっています。
 私は山上憶良の歌と聞いたような気がしましたが、ちょっと調べてみますと 14世紀に書かれたという「河海抄(かかいしょう)」という文献に見られる とありました。私は何をどう間違っていたのでしょう…。

 「せり」は現代でもセリ。
 「なずな」も現代でもナズナですが、ペンペングサという俗名のほうが分かりやすいでしょうか。
 「ごぎょう (おぎょう)」はハハコグサ。「はくべら (はこべら)」はハコベ。
 「ほとけのざ」はコオニタビラコ (キク科)。現代のシソ科のホトケノザとは別物です。
 「すずな」はカブ、「すずしろ」はダイコン、とされています。

 ナズナとハコベは街でも道端で、セリ、ハハコグサ、コオニタビラコはちょっといなかに行くと見られます。
 もうすぐ3月。食べるのは無理ですが、それらに限らず たくさんの野草が花を咲かせる頃。
 ぜひ ちょっと立ち止まって 足元の小さな花に目をやってみてください。普段気づかなかった別の世界がありますよ。

 ***

 光孝天皇の御世に太政大臣として政務を執っていたのが藤原基経。
 日本史上初の関白については、次回 少し触れるつもりです。
author:, category:いろとりどりの歌(百人一首鑑賞), 23:18
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