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いろとりどりの歌 第30曲「難波江の」
 百人一首に春の歌は六首。それと春を背景にした雑歌が三首あります。
 その九首のうち 六首が桜、一首が梅を詠ったもの。
 桜の季節はまだですが 早く紹介していかないとすぐに季節はずれになってしまうと思いながらも、前々回・前回が難波の歌だったので、今回はやはりこれを紹介しておきたいと。

 第30曲は 第八十八番
 ≪難波江の芦のかりねのひとよゆゑ身をつくしてや恋ひわたるべき≫ 皇嘉門院別当 (千載集・恋)

 「なには三部作」ではありませんが、百人一首を全部覚える際にこんがらがってしまいがちな三首をまとめて紹介してしまったほうがスッキリしますよね。単に私の気持ちの話ですが…。

 千載集の詞書は −摂政 右大臣の時 家の歌合に旅宿逢恋といへる心をよめる

 旅の宿に逢う恋。

 「芦」「かりね」「ひとよ」「みをつくし」「わたる」と、序詞、掛詞、縁語の技巧を施しており、このような構造になっています。
  難波江の芦の刈り根の一節   澪漂      渡る
        仮り寝の一夜ゆゑ身を尽くしてや恋ひ亘るべき

 = あなたの仮寝の一夜をともに過ごしたために、わたしは身を捧げて恋焦がれ続けなくてはならないのでしょうか =

 旅の途中、難波津の宿。芦で葺いた粗末な安宿でしょうか。
 浅瀬の海は一面に広がる芦が刈り取られて、その刈り根が海面に覗いている。立てつらねられた澪漂もその足元からよく見える。
 芦の節のように短い 一夜だけの恋。
 男にとっては単なるかりそめの恋でも、女にはそうではなかった。

 当時 (一二世紀頃) 難波津のあたりには遊女が多くいたとのことで、そういう悲しい性を想起させる狙いもあるのでしょう。


 作者 皇嘉門院別当(こうかもんいんのべっとう) は、平安時代末期の女流歌人 (生没年不詳)。父は太皇太后宮亮(たいこうたいごうぐうのすけ) 源俊隆。
 崇徳天皇の中宮 皇嘉門院 藤原聖子に仕えました。聖子が九条兼実の姉であることから、兼実に関係する歌合で多く歌を残しているとのことです。

 詞書にある摂政とは その兼実(かねざね) のこと (1149-1207)。九条家の祖です。
 彼が右大臣だったのは 1166〜86年とのこと。この歌は その間におこなわれた兼実邸での歌合でのものということになります。

 なお兼実・聖子の父 藤原忠通は、百人一首に採られている「わだの原漕ぎ出でて…」の作者 法性寺入道前関白太政大臣です。

 ***

 来週はもう四月ですね。四月四週は 桜を詠んだ歌四首を取り上げることにしましょう (一首は「変体仮名」の記事でチラッと触れました)。
 おお、しばらく恋歌から遠ざかることになりそうです。
author:, category:いろとりどりの歌(百人一首鑑賞), 20:20
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