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いろとりどりの歌 第32曲「いにしへの」
 大阪堺では桜が満開となりました。
 昨日 風は強かったものの いかにも春本番という感じの陽気。気温は20度まで上ったようです。
 商品発送のため 自転車で郵便局へ行ったあと 適当に寄り道して満開の桜を愛でる。
 ゴルフ練習場の池脇の桜並木も やはり満開。
 場所としてはあまりきれいなところではないのですが、母子3人がシートを敷いて昼食をお楽しみ。おそらく向いの家の家族なのでしょう。微笑ましい光景でした。
 ノックスヴィルではなく堺なので シートはキルティングではありませんでしたが、少年は この世に生きる者が背負っている悲しみを考えないようにして 幸せな時間を過ごしていることに対する不安を感じているのかもしれません。(???)

 さて第32曲は 百人一首第六十一番
 ≪いにしへの奈良の都の八重桜けふここのへににほひぬるかな≫ 伊勢大輔(詞花集・春)

 伊勢大輔は、“いせだいすけ” ではなく “いせのたいふ” で女。
 神祇伯 (伊勢神宮祭主) 大中臣輔親(おおなかとみのすけちか) の娘。生没年不詳。曾祖父頼基から代々歌人で、3人の娘も歌人。なお「なには潟」の伊勢とは無関係です。
 1007年頃から上東門院彰子に仕え、歌人として大いに活躍。
 1025年頃 高階成順(たかしなのなりのぶ)と結婚。ただし結婚後数年で夫は出家したようです。
 勅撰和歌集には五十一首入集。

 この歌は いわば宮中デビュー作。
 詞花集の詞書は、一条院御時 ならの八重桜を人の奉りけるを その折御前に侍りければ その花を題にて歌よめと仰せごとありければ。

 「伊勢大輔集」にはさらに詳細な事情が書かれており、それによると。
 中宮であった上東門院彰子が宮中にお越しになるという時、ちょうど奈良から とある僧都(そうず) がやってきて 八重桜を献上することとなった。
 紫式部は「今年の献上品の取り入れ係は今参り (新参の女房) ですよ。」と言って、晴れの役目を伊勢大輔に譲ったのですが、入道殿 (道長) がこれを耳にとめ、「ただ品を持ってきただけでは受け取らないぞ。歌を添えて持っておいで。」と言われた。
 そんな事情で詠まれた歌というわけです。

 = 古都奈良の八重桜が今日 この宮中でいちだんと美しく咲き匂うことです =

 「いにしへ」と「けふ」の対比。「八重」と皇居を意味する「九重」。「ここのへ」は「ここの辺(このあたり)」との掛詞。
 即興の歌とは思えない見事な出来、まさに才気煥発、当意即妙!
 「袋草子」には この時の様子を「殿をはじめ奉りて万人感歎、宮中鼓動す」と記されているとのこと。
 春の陽光に映える宮中の絢爛さが脳裏に浮かびます。

 道長、彰子、紫式部と役者が揃っていることもあって 話ができすぎ と感じてしまいますが、美化されている部分はあるかもしれないものの、どうやら大筋では史実のようですね。

 気になるのは紫式部の気持ち。
 晴れの役を彼女にやらせたのは 新人に花を持たせようとする先輩の親切心だったでしょうが、伊勢大輔への “万人感歎、宮中鼓動” に事が至って 素直に「素晴らしい後輩が出来たわ!」とはならなかったでしょうね。陰で切歯扼腕したに違いありません。
 それとも 伊勢大輔が重代の歌の家柄ということで、道長が即興の歌を添えろということを見越し、下手な歌しか詠めず恥を掻くことを狙って仕掛けた という可能性があるでしょうか?
 … まるでオペラの世界ですね。
 第1幕フィナーレ、伊勢大輔を賞賛する大合唱の中、メッツォの紫式部ひとり 別のメロディで、激しい嫉妬心を燃やし、復讐を誓う歌を歌う。
 そうなると 紫式部は誰かに伊勢大輔を殺させようとする という展開になりそう。おお 狂言綺語。。。

 ***

 前々回、「百人一首に春の歌は七首。春を背景にした雑歌が三首。その九首のうち 七首が桜を詠ったもの」と書いておりましたが、七首のうちの一首は梅でした。
 それを取り上げようとして、やっと気づきました。好きな歌だというのに…。
 来年の梅の季節にとっておくことにいたしましょう。
author:, category:いろとりどりの歌(百人一首鑑賞), 15:40
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