RSS | ATOM | SEARCH
いろとりどりの歌 第34曲「もろともに」
 第34曲は 第六十六番
 ≪もろともにあはれと思へ山桜花よりほかに知る人もなし≫ 大僧正行尊 (金葉・雑)

 行尊(ぎょうそん) は平安時代後期の天台宗の僧・歌人 (1055-1135)。三条天皇の孫 参議 源基平(もとひら) の子。
 山伏修験の行者として知られ、鳥羽天皇が即位されると護持僧を任ぜられました。
 天皇、白河院、待賢門院の病気平癒、あるいは物怪調伏などに数々の功績あり (スゴイ!)、「験力無双」の高僧として朝廷の尊崇を受け、天台座主(ざす) にのぼったとのことです。

 さて歌。
 金葉集の詞書は、大峰にて思ひかけず桜の花を見てよめる。
 = 私がおまえをしみじみといとしく感じるように、おまえも私をそう思っておくれ、山桜。ここではお前のほかに知っている人はいないのだ =

 修験道の道場として有名な 奈良吉野の大峰山。
 現在のように登山道が整備されているわけもなく、険しい深山であったことでしょう。
 難路をただひとり 杖を頼りに歩を進めている時、思いがけなく出会った美しい桜。
 都の桜を思い出したのでしょうか。まるで友に出会ったかのようにふと心和み、抑えていた人間の弱い部分がワッと出てしまったという歌だと思います。

 ところが古語辞典に まったく別の解釈があるではありませんか。
 「あはれ」を「情趣を感じる」という意味としているのです。

 − 一緒に春の情趣を感じておくれ、山桜よ。お前のほかに情趣を解する者がいないのだ −

 「知る人」も「知人」という意味ではなくなっています。
 また厳しい修行の中の感情の爆発という感じは薄れ、結構 余裕ある感じに。

 古語辞典には、「あはれ」は「しみじみと懐かしく」と訳されることが多いが「行尊大僧正集」の記事を生かして解しておく、と書いてあります。

 そこで「行尊大僧正集」をネット検索してみました。
 解釈についての「記事」のことは分からなかったのですが、別の驚きが。

 その「行尊大僧正集」では、風に吹き折られてなほをかしく咲きたる、という詞書のあとに、
<折りふせて後さへ匂ふ山桜あはれ知れらん人に見せばや>
<もろともにあはれと思へ山桜花よりほかに知る人もなし> の2首があるというのです。

 これだと、強風に枝を折られながらも美しく花を咲かせている山桜に、厳しい修行にひとり打ち込んでいる自分の姿を重ねた ということになりそう。
 余裕どころか逆に 一層の修行の厳しさが感じられるではありませんか。

 金葉和歌集 (十二世紀初頭, 白河院の命, 源俊頼選) で 春の歌ではなく雑歌に掲載されていることも、やはり修行僧の感情の吐露に重点が置かれる解釈を取っていた ということなのでしょう。
 それにしても「行尊大僧正集」と なぜ詞書が違っているのでしょう…。
author:, category:いろとりどりの歌(百人一首鑑賞), 20:50
comments(0), -
スポンサーサイト
author:スポンサードリンク, category:-, 20:50
-, -
Comment