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いろとりどりの歌 第35曲「高砂の」

 近所では 桜が終わって ハナミズキが満開となりました。
 このミズキ科の落葉高木、桜よりも大きな花を 桜に負けじとたくさん付け、華麗。しかも白やピンクの4枚の大きな花びら (のように見える総包片) は、まるでえくぼか、細工したリボンのように 先をクリッとへこませていて 可愛らしさをアピールしています。
 ハナミズキは北米原産。日本における植栽は 1912年 東京市長であった尾崎行雄がワシントンD.C.へ桜を贈った際、1915年にその返礼として贈られたのが始まりとのこと。桜が終わるとすぐにハナミズキが咲くことが まるで その起源を表しているようですね。
           
 平安時代にハナミズキはなく、第35曲もやはり桜。第七十三番

 ≪高砂の尾上の桜咲きにけりとやまの霞たたずもあらなむ≫ 前中納言匡房 (後拾遺・春)

 後拾遺集の詞書は、内のおほいまうち君の家にて人々酒たうべて歌よみ侍りけるに遥かに山桜を望むといふ心をよめる。
 内大臣藤原師道(もろみち) 邸に集まっての酒宴の後 「遥望山桜」の題で詠んだ歌ということです。
 さすがインテリ貴族たちの酒宴、上品ですね。「浅酌低唱」という言葉を思い出します。

 「高砂」というと「高砂や〜」、古式ゆかしき結婚式を思い出しますが、謡曲の「高砂」は播磨の高砂の浦のこと。ここではそれとは関係なく、他の地名でもなく、単に高い山を表しています。
 「尾上(おのへ)」は 峰の上、尾根、頂上。「外山(とやま)」は「深山」に対する語で 人里に近い山。
 一方「たたずもあらなむ」なんて言葉 訳が分かりませんが、文法の分析をほとんどしないことで有名な(?) 「いろとりどりの歌」、これもほっときましょう!
 (「あらなむ」の「なむ」は “あつらえ望む意を表す終助詞” ですって。なんすか「あつらえ望む」ってのは…。)

 = 高い山に桜の花が咲いた。眺めの邪魔にならないように外山の霞よ どうか立たないでおくれ =
 晴朗な絵画のような光景が想い浮かぶ歌ですね。
 素直で品位があり、格調高い歌と評価されています (この書き方で、そこまでいいかな? と感じていることがバレますわぁねぇ…)

 大江匡房(おおえのまさふさ) は平安後期の公卿・儒学者・歌人 (1041-1111)。
 代々 学者を輩出している家系に生まれ、四歳で書を学び、八歳で史伝に通じ、十一歳で詩歌に長じたと言われています。モーツァルトみたいな神童!
 学者として名高く、早くから出世し、特に白川帝との結びつきは深かったようです。


 大井川行幸は醍醐帝時代に始まったといいますから、ひょっとすると 忠平の 「をぐら山」 の歌のエピソードがきっかけなのでしょうか。
 白河帝時代の承保三年(1076)、九十年ほど途絶えていた大井川行幸が復活したのですが、東宮博士であった匡房も参加しています。
 その時の「古き流れ」に寄せる歌をご紹介。

 ≪大井川古き流れを尋ねきて嵐の山の紅葉をぞ見る≫    白河天皇 (後拾遺・冬)
 
 ≪大井川古き御幸の流れにてとなせの水も今日ぞ澄みける≫ 藤原俊家 (新勅撰・賀)

 ≪大井川千世に一度澄む水の今日の御幸に逢ひにけるかな≫ 匡房   (続古今・賀)

 ≪いにしへの跡を尋ねて大井川紅葉の御舟みなよそひせり≫ 源経信  (新千載・冬)

 経信は 「夕されば」 が百人一首に採られています。

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 4月ももうすぐ終わりですね。桜の歌も今年はここまでにしておきましょう。
 次は私の好きな機智の歌を紹介する予定です。

author:, category:いろとりどりの歌(百人一首鑑賞), 23:20
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