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いろとりどりの歌 第39曲「我が庵は」
 第39曲は 百人一首八番目
 ≪我が庵(いお) は都のたつみしかぞすむ世をうぢ山と人はいふなり≫ 喜撰法師 (古今集・雑)

 「たつみ」は「辰巳・巽」で 東南の方向のこと。
 「しか」は「然」で、このように というような意味ですが、「鹿」にかけています。
 「すむ」は「住む」と「澄む」をかけており、「世をうぢ山」は「世を憂し」と「宇治山」をかけたもの。

 = 私の庵は 都の東南 鹿の住む宇治山で そこにこの通り 心澄み満足して住んでいるが 人々は私が世をはかなんで住んでいると言っている =

 技巧的で、しかも軽さのある歌。
 彼は都を捨て寂しく暮らしているのだと 自分を哀れに思う人々へのささやかな反撃のようです。
 都のわずらわしさはここにはなく、心澄み 充実して生きてますよと。
 都の生活は物質的には豊かで華やかかもしれないが、それが本当の豊かさですか? 然と考えなはれと。−ちょっと解釈が膨らみすぎでしょうか。
 しかし 私も厭世的な変人と思われることがありますので、大いに共感するのであります。
 まぁ それを完全に否定することはできませんが…、しかしこの世は美しさに満ちている!
 それをできるだけ味わい、働けなくなったら さっさと土に返る。これが理想であります。

 今日 とあるTV番組で、パプア ニューギニアに取材に行っているアナウンサーが、現地の人がバスに乗るのに3時間も待っているという光景を紹介していました。
 かたや ともかく経済優先の “豊かな” 国では 夏の電気が足りないといって揉めに揉め アタフタ。
 この大きな差たるや。
 どっちが正しいとか正しくないとかいう話ではないでしょうけど、老人大国となる国の経済成長ってどんなもんなんでしょね…。

 ***

 喜撰は九世紀後半の僧ですが、経歴はまったく不明のよう。歌もこの一首が伝わるのみ。
 古今集の仮名序で紀貫之は、宇治山の僧喜撰はことばかすかにしてはじめをはりたしかならず いはば秋の月を見るに暁の雲にあへるがごとし 詠める歌多く聞こえねばかれこれを通はしてよく知らず、としています。
 −言葉がはっきりとせず、歌の最初と最後が分かりにくい。詠んだ歌が多く残っていないのでよく分からない。
 ひどい言われようですが、貫之の時代でさえ 前の時代に活躍した歌人についてよく分かっていなかったことが伺い知れます。

 仮名序で紀貫之が取り上げた 六人の歌人 (遍照・業平・文屋康秀・小野小町・喜撰・大伴黒主) を “六歌仙” などと呼んで もてはやしていますが、大いなる違和感を感じます。
 と申しますのも 貫之の前の時代 (和歌が貴族の優雅な遊びとして定着した頃) の有名な歌人として この六人をあげたにすぎませんし、また貫之は小町以外には批判的です。
 さらに「卑しい歌」とにべもない言われ方をしている大伴黒主は 実は歌が一首も伝わっておらず、存在自体を疑問視されているのです。
 貫之は批判を前提に六人を取り上げたような気がする。
 となれば 六歌仙という呼び名はほとんど意味がないと言っていいでしょう。
author:, category:いろとりどりの歌(百人一首鑑賞), 23:39
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