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♪Questo♪Momento♪ 第32番「線香花火は最後に火玉を落とす」
 私がモーツァルトのドイツ舞曲の楽しさを知ったきっかけは、モーツァルト没後200年で大いに盛り上がった1991年、モーツァルトの全作品を購入し 聞くのだと意気込んでいた時だったと思います。
 その賑やかで快活な小品は 当時の貴族のダンスのための実用的な音楽を超え、現代の観賞用の音楽として充分耐えうるものということを知り、さらに そこには天才的な仕掛けや モーツァルトの晩年らしい影も含まれることに気付いて、ますます愛着ある音楽になったのです。
 特にその年に発売されたブルーノ・ヴァイル指揮 ターフェルムジークの古楽器による生き生きとした演奏は大いに気に入りました。

 ドイツ舞曲の魅力を知らなかった時は、貴族の娯楽のための舞曲なんかたくさん書く暇があったら、オペラをもう1曲書いてほしかったと、そうすることができなかった当時の宮廷作曲家としての職務と経済状況を残念に思ったりしたものです。
 しかしモーツァルト、実は無類のダンス好きだったんですね。職務とはいえ 楽しんで書いていたのかも。だからこそ あんなにいろいろ工夫と仕掛けのある 楽しい舞曲が書けたのかもしれません。

 それにしてもドイツ舞曲って定義がよく分かりませんが、ターフェルムジークのディスクのライナーノートは ドイツ舞曲とモーツァルト周辺に関することをいろいろと教えてくれます。

 モーツァルトは「テデスカ」(「ドイツの」を意味するイタリア語) とか「トイッチェ」とか呼んでいたというドイツ舞曲。
 2拍子か3拍子が基本だったといいますから アバウト。ただしモーツァルトはほとんど3拍子のものしか作っていません (ハイドン、ベートーヴェン、シューベルトも同様)。
 結局 3拍子の舞曲の中で最もテンポが速く、活動的なものがドイツ舞曲ということになるようです。

 当時 ウィーンの舞曲は他の地域よりもテンポが速かったようで、モーツァルトはイタリアのメヌエットがいかに遅いテンポで演奏されるかを書いた手紙が残っているとのことですが、その速いウィーンのメヌエットよりもさらに速いのがドイツ舞曲ということになると、他の地域からすると恐るべき速さに感じられたことでしょう。
 モーツァルトを含め 比較的若い世代はその速さに熱狂し、年寄りたちは眉を顰めていたのでしょうか。
 現代のわれわれはドイツ舞曲も当時の宮廷の舞曲ということで、メヌエットをちょっと賑やかにしたくらいで、優雅な踊りには変わりがないと思ってしまいがちだと思いますが、実は当時の感覚としては相当 斬新で、現代に当てはめれば ボスコフスキーよりも速く リズム弾むヴァイルの演奏のほうが 当時の感覚に近いのかもしれません。


 さて、数あるドイツ舞曲の中でも、私が最も好きなのは6曲からなるK.571。
 第2曲トリオ部分の寂しさにハッとさせられたかと思うと、第4曲トリオの調子っぱずれの下降フレーズの連続は 単に人を驚かせようとした悪戯心なのでしょうが 不気味。
 続く第5曲、変拍子を思わせるトリッキーな下降メロディを含む すばしこさは病的な躁状態のよう。
 そしてトルコ風の終曲。特に好きな部分はここ!
 進軍ラッパを思わせる主部に続くトリオは短調となり シンバルがジャンジャン鳴り響く。
 そのあと主部が戻り、その後 テンポを速めてロッシーニ・クレッシェンド風。コーダに入り これで終了かと思いきや、トルコ軍楽隊再び。これを結構長々とやり、賑々しく曲を終えるのかと思いきや、音楽は急に失速。単なる6つの小曲の羅列をこえて 第4曲から気分をどんどん高揚させ築かれたクライマックスの喧騒はどこへやら、消え入るように寂しく終わるのです。

 まるで線香花火。
 弦楽器と管楽器が交互に音の粒を落とすような静かな結尾は、まさに線香花火が最後に火玉を落とすかのよう。さだまさし風に言うなら、落ちてジュウ。

 おざなりのやっつけ仕事なんかではなく、それどころか天才の細工にうならされるこの曲。モーツァルトもおそらくノッて作曲したに違いありません。

 
 ↑ ドイツ舞曲が当時 斬新であったことを想像させるヴァイル指揮 ターフェルムジークの録音
author:, category:♪この曲の♪ここが好き♪(百曲一所), 22:08
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