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♪Questo♪Momento♪ 第36番「スターリンに放屁す」
 ショスタコーヴィチの交響曲といえば、一昔前 私の学生時代は 第5番のみ有名で、他の曲のほとんどは一部のマニアのみのレパートリーという感じでした。
 現在では他の曲も盛んに演奏され 親しまれるようになりましたね。時代は変わったという気がします。
 とはいえ 現在でも第5番がショスタコーヴィチの代表作であることには変わりがありません。

 交響曲第4番や「マクベス夫人」などの前衛性や複雑さが当局の不興を買い、身に危険が及ぶことを恐れたショスタコーヴィチ。
 そこで社会主義リアリズムの思想に沿った交響曲第5番を書いて 名誉挽回を成し遂げたとされていますが、ショスタコーヴィチの芸術志向とは裏腹に、その第5番こそ一般的には代表作であることは興味深いことです。
 もしショスタコーヴィチが第5番を書いていなかったとすると、彼の一般的な認知は相当遅れることになったのではないでしょうか。

 そうした第5番の次に書かれたのが 第6番ロ短調Op.54 (1939年)。
 これなど LP時代 “西側” の録音はわずかであったことでしょう。前衛的ではないながら、なかなか一筋縄ではいかない作品です。
 3楽章からなりますが、なんと第1楽章は陰鬱で 20分を超える長大なラールゴなのです。
 さらに第2楽章はアレグロ、第3楽章がプレストで、ともに7分ほどのスケルツォ的な音楽。
 なんともいびつな形です。

 「頭のない交響曲」などと呼ばれたりもしますが、確かに第1楽章が欠けていると見ることができます。
 でも私は、第2楽章と第3楽章がスケルツォ的であることが引っかかります。第3楽章はどう見ても木に竹を接いだようではありませんか。
 本当は第3楽章:フィナーレに 第1楽章同様 長大で陰鬱で、さらに大きなエネルギーが爆発する音楽を予定していたのではないか。
 あるいは第4楽章まで書く予定だったのかもしれない。
 しかし そんな音楽を書くと また身に危険が及ぶことになりかねない。芸術的創造力をグッと押さえ、第5番のフィナーレのような勝利の音楽に変更した。
 しかしそれを思いっきり茶化した音楽。一応 苦難から歓喜へという形をとりながら、実は偽の歓喜。ソ連の歓喜が愚かなものであることを表すような。
 これだったら処罰まではいかないはず。それが天才芸術家のとることができた せめてもの抵抗だった。

 もちろん根拠のない想像にすぎません。しかし私にはこの曲が最初からこうした形で構想されていたとは思いにくいのです。


 晩年 ウィーン・フィルとこの曲を録音したレナード・バーンスタインは、チャイコフスキーの「悲愴」からの影響を指摘しています。
 ともに第6番でロ短調。
 「悲愴」は史上初めて遅い終楽章を作ったのに対し、ショスタコーヴィチは反対に史上初の遅い第1楽章を作った、と。

 さらに この曲は当時の世界情勢を反映していると言います。
 この曲が作曲された1939年は 第二次世界大戦が始まった年。ドイツはポーランドに侵攻するも、そのソ連領は侵さなかった。「ソ連は平和」という当局のアピールの偽善を表しているのが、第2楽章、第3楽章。その意図を覆い隠すために第1楽章が長大であると。

 私の単なる妄想とは違い、確たる証拠のある信憑性の高い説なのかも知れませんが、それでも私は私の妄想を拭い去ることができませんし、また そのほうがこの曲を楽しめるんです。

 第3楽章 (ロンド・ソナタ)、ギャロップのような第1主題。
 「ウィリアム・テル」序曲の「スイス軍の行進」を思わせるのは、勝利の音楽のパロディではないのでしょうか。
 第2主題は3拍子。
 スケルツァンドな音楽はクライマックスを築く。
 その後 静かになった後、再現部。そこからまた調子を上げていき 第2主題が変化した動機がブラスで奏されます。
 −特にここが好き!
 ショスタコーヴィチはヤケクソ。歓喜の音楽を思いっきり茶化します。
 心の中でスターリンに舌を出し、屁をかます!
 天才作曲家はそれによって 創造的欲求をなんとか納得させるのです。

 この部分、ウチの奥さんは「トムとジェリーのおいかけっこ」と喩えましたが、私はサーカスを思い浮かべます。
 まさしく その喧騒はサーカス・テント内だけのもの。一歩外に出れば 漠々たる荒野が広がるばかりなのです。

  
author:, category:♪この曲の♪ここが好き♪(百曲一所), 22:09
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