RSS | ATOM | SEARCH
いろとりどりの歌 第59曲「夜もすがら」

 第59曲は 前回の源経信の孫、「うかりける」 の源俊頼の子である俊恵の歌を。
 百人一首第八十五番
 ≪夜もすがらもの思ふころは明けやらでねやのひまさへつれなかりけり≫ 俊恵法師 (千載集・恋)

 詞書は −恋の歌とてよめる
 女の立場になって 恨む恋を詠んだ歌です。

 「夜もすがら」は 一晩中、夜通し。「明けやらで」は なかなか夜が明けないで。「ねや(閨) のひま」は 寝室の戸の隙間。

 = 一晩中 あの人のことをいろいろと考えているこの頃、早く夜が明ければいいのに なかなか明けない。いっこうに光が入ってこない寝室の戸の隙間さえ つれなく感じられるわ =

 物思いのために寝つくことができず、ため息とともに寝返りを繰り返す夜。
 それも彼が訪ねてくるのを夜な夜な待ち続けているが、今日も来なかった という辛い気持ち。
 寝室の戸の隙間を擬人化し、それが朝の光を届けてくれないことさえ恨めしく感じるというわけです。
 女の恋が完全に受身である遠い時代の話ではありますが、恋する女性なら現代でも共感することができるかもしれません。

 なお「千載集」、あるいは家集である「林葉和歌集」では、第二句は「明けやらぬ」になっているとのことです。

 ***

 俊恵(しゅんえ) は 平安時代末期の僧・歌人 (1113-91)。
 早くから僧となったものの、作歌を本格化させたは四十歳以降。しかしその活躍は目覚ましく、白川の自坊に地下(じげ) (堂上人に対する語で 身分の低い人々) を集めて「歌林苑」を作り、その主宰者となりました。
 メンバーの中心は地下であったものの、藤原清輔ら廷臣、源頼政などの武人、殷富門院大輔、讃岐などの女房、登蓮、道因などの僧侶、そして鴨長明などの神官など 当時の著名歌人が多数参加、盛んに歌会・歌合を催し、私撰集を編纂したりもしました。
 当時の歌壇の動向を左右したので、和歌政所(まんどころ) と言われたとのことです。

 弟子の鴨長明が著した「無名抄」には俊恵の言説が多く記されており、歌に対する考えを詳しく知ることができるとのこと。
 また「無名抄」には <み吉野の山かきくもり雪ふれば麓の里はうちしぐれつつ> が俊恵の自賛歌と書かれているそうです。
 「夜もすがら」とはまったく異なった世界ですね。

author:, category:いろとりどりの歌(百人一首鑑賞), 23:19
comments(0), -
スポンサーサイト
author:スポンサードリンク, category:-, 23:19
-, -
Comment