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いろとりどりの歌 第60曲「むらさめの」

 第60曲は 第八十七番
 ≪むらさめの露もまだひぬ真木の葉に霧立ちのぼる秋の夕暮れ≫ 寂蓮法師 (新古今・秋)

 「むらさめ」は 激しい雨が断続して降る雨。にわか雨。「ひぬ」の「ひ」は 水分が自然に蒸発すること。「真木」はスギ・ヒノキなどの針葉樹。

 = 秋の夕暮れ。にわか雨が通り過ぎていったあと その露もまだ乾かないスギやヒノキの葉に霧が立ち上っている =

 淡々として幽寂。一幅の日本画を思わせる美しい歌です。

 西行の <心なき身にもあはれは知られけり鴫たつ沢の秋の夕暮>
  − 私のような者にもそのおもむきはわかる。シギが飛び立つ沢の秋の夕暮 −

 定家の <見渡せば花も紅葉もなかりけり浦の苫屋の秋の夕暮>
  − 見渡してみても花も紅葉もない。ただ海辺の苫屋があるだけの秋の夕暮 −

 この三首は「三夕の歌」として有名です。

 しかしこの三首、西行と定家の歌の中には詠み手がいますが、寂蓮の「むらさめの」にはいないという違いがありますね。
 ですから「むらさめの」は一番静かな感じがします。
 シンとした静けさ、湿気をまとった木々の匂い。

 ちょっと絵画的にすぎる気がしないでもないものの、やはり いい歌です。

 なお この歌の詞書は、五十首歌奉りし時。
 実景を前に詠んだ歌ではありませんが、寂蓮は諸国行脚や高野山修行などをしていたそうですので、その中の体験をもとにしているのかもしれません。
 ただし この歌が出家前のものではなく、晩年のものならということになりますが。
 しかしその作風からみて、晩年のものだろうという気はします。

 ***

 寂蓮は 俗名 藤原定長 (1139頃-1202)。藤原氏北家長家流。阿闍梨俊海の子。
 子のなかった叔父 俊成の養子となり、官人として従五位上中務少輔に至りますが、俊成に定家が生まれたこともあって、三十代半ばで出家。
 その後 諸国行脚の旅に出ましたが、晩年は嵯峨に住み、後鳥羽院より播磨国明石に領地を賜わったとのことです。
 歌人としては出家前から活動が見られ、晩年まで活躍。1201年には和歌所寄人(わかどころよりゅうど) となり、新古今集の撰者に任命されますが 翌年没し、完成を見ることはありませんでした。
 家集に「寂蓮法師集」。千載集初出、勅撰入集は計百十六首。

author:, category:いろとりどりの歌(百人一首鑑賞), 14:28
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