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♪Questo♪Momento♪ 第49番「温室の植物は別の太陽を見つけ」
 偉大なワーグナーの楽劇は 好きな部分もたくさんあれど、同時に私には難しいところがありますので、全曲を楽しむとなれば 最も好きなのはヴェーゼンドンク歌曲集ということになりましょうか。



 1849年 ドレスデンでの “3月革命” において 国民軍側として加わったワーグナーは、革命失敗によって 当局から追われる身となり スイスへ逃れることになりました。

 そんな中の1852年 チューリヒでベートーヴェンの交響曲第9番を指揮したワーグナー。それを聞いて感動した人々の中に銀行家オットー・ヴェーゼンドンクがいました。

 1857年 ヴェーゼンドンクはチューリヒ郊外に新居を建てるのですが、その際 隣りにワーグナーの家も建て、彼に絶好の創作環境を与えたのでした。

 しかし、ヴェーゼンドンクの妻マティルデは 夫以上にワーグナーに魅せられていました。

 ふたりは愛し合うようになります。



 「ジークフリート」の作曲を中断し、「トリスタンとイゾルデ」に取りかかっていたワーグナー。

 彼には「トリスタンとイゾルデ」の物語が マティルデとの恋に重なっていたことでしょう。

 ワーグナー自身の手になる台本が完成すると、それをマティルデに捧げました。

 感激したマティルデは返礼として ワーグナーに5編の詩を贈ります。

 それに付曲したのが、ヴェーゼンドンク歌曲集 Wesendonck Lieder というわけです。



  1/天使 Der Engel, 2/とまれ! Stehe still!, 3/温室にて Im Treibhaus,

  4/悩み Schmerzen, 5/夢 Träume



 「天使」では 愛に悩む心の救いを天使に祈り求め、「とまれ!」では 静寂の中で愛の喜びをしみじみと味わいたいと願い、「温室」では ふるさとを離れて生きる温室の植物を自分の状況と重ね悲しみ、「悩み」では 愛の悩みと希望を夕日になぞらえ、「夢」では 夢の中で愛の成就を願うのです。



 第3曲「温室にて」と 第5曲「夢」には「トリスタンとイゾルデへの習作」という副題が付けられているように、かの壮大な楽劇の主要テーマとして使われることになりますが、この作品自体がまさに小さな「トリスタンとイゾルデ」。



 特にここが好き!は、まさに「トリスタン」で始まる「温室で」。



 本人の意思ではなく 遠い異国の地から連れてこられた温室の植物。

 植物が枝をしならせるのも、甘い香りを放つのも、悲しみを表わすものに感じられる。

 温室内で憧れ、懸命に腕を広げても、得られるものはむなしいもの。

 明るい光につつまれていても、本当の居場所はここではない。



 マティルデは、資産家の夫との何不自由ない生活であるにもかかわらず、本当の意思ではない自分の身の上と重ね合わせるのです。



 第5節からは夜を描きます。

 管弦楽の低音が、徐々に 不気味に低く、静かになっていきます。

 

  Und wie froh die Sonne scheidet von des Tages leerem Schein,

  hüllet der,der wahrhaft leidet, sich in Schweigens Dunkel ein.




 浜田滋郎氏の訳

  そして太陽が一日のむなしい明るさをのがれ

  −しんから苦しんでいる彼は 沈黙の黒いマントに身を包めるからと−

  いそいそとして去っていくとき




 う〜ん、どうもしっくりこない…。



 喜多尾道冬氏の訳を見てみると。

  そして太陽が一日の輝きを残しつつ、楽しげに去っていく時には

  深い苦しみに悩むものは沈黙の暗闇のなかに閉ざされるのです




 浜田氏訳と全然違うではありませんか! なぜ??

 辞書を引きつつ調べてみましたが、確かに訳は難しい。



  そして太陽は嬉しそうに引き離す 昼間のむなしい光を

  本当の悲しみを持つ者は包まれる 沈黙の暗闇に


 できるだけ意訳しないようにすると こんな感じではないでしょうか。



 そのあとの最後の部分

  Stille wird's, ein säuselnd Weben Füllet bang den dunklen Raum:

  Schwere Tropfen seh' ich schweben An der Blätter grünem Saum.




 ここも Raum までの部分で いろいろと訳に違いがありますが、

  静かになって ザワザワという動きが生まれ 暗い室内に不安が満ちると

  重くなったしずくが浮かぶのを見るのです 緑の葉のふちに


 というところでしょうか。

 (ちなみに 喜多尾氏は füllet を füllen (満たす) ではなく、fühlen (感じる) と勘違いし 訳されているようです。)



 葉のしずくが彼女の涙を暗示していることは間違いないでしょう。

 また 植物を支配している太陽は 自分を支配している夫を暗示しているのではないか。



 ひょっとすると、木の葉の揺らぎに託したものは 夫との愛のない夜の営み!?



 私は暗闇のきしむベッドの上で 悲しみに耐え 涙しているのよ とワーグナーに訴えているのでしょうか。



 ***



 なお この歌曲集は今日 管弦楽伴奏で演奏されますが、もともとはピアノ伴奏。第5曲「夢」だけは マティルデの誕生日の記念にワーグナー自身により管弦楽化されましたが、その他の4曲は ワーグナー指揮者として有名だったフェリックス・モットル (1856-1911) によって編曲されたものです。
author:, category:♪この曲の♪ここが好き♪(百曲一所), 14:57
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