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いろとりどりの歌 第62曲「み吉野の」

 町の街路樹や植え込みの木々も色づき、晩秋を感じさせる (って暦の上ではすでに冬ですが) 今日この頃。
 十六首と 百人一首の季節の歌の中でとびぬけて多い秋の歌、その紹介も残り三首となりました。
 その三首のうち二首は「紅葉」の歌。それは来週と再来週に残しておき、今回は紅葉ではない一首を。

 百人一首第九十四番
 ≪み吉野の山の秋風さよふけてふるさと寒く衣うつなり≫ 参議雅経 (新古今・秋)

 詞書は、擣衣(ころもをうつ) のこころを

 「みよしの」は奈良県吉野の美称。
 「ふるさと」も吉野のこと。作者の「故郷」ではなく「古里」。吉野は天武・持統天皇の離宮があり、しばしば行幸がおこなわれたことから「万葉」にも多く歌われており、その後も歌枕として歌に詠まれた なじみの土地ということで こう呼ばれたとのことです。
 「衣うつ」とは、砧(きぬた) で衣を叩くこと。新しい布を石の台の上に置いて 木槌で打って柔らかくするとともに 艷を出していました。女性の仕事で、晩秋の風物でした。

 = 吉野の山から吹いてくる秋風。夜が更けて いにしえの里はいよいよ寒くなり 衣を打つ音が聞えてくる =

 参議 飛鳥井雅経 (あすかいまさつね) (1170-1221) は、1198年の鳥羽百首をはじめ、多くの歌会・歌合に参加。1201年 和歌所寄人となり、新古今集撰者のひとりに選ばれました。その後も後鳥羽院歌壇の中心メンバーとして活躍。たびたび京と鎌倉を行き来して 源実朝と親交を持ち、定家、鴨長明と実朝の仲を取り持ったとのことです。
 新古今集を初めとして 勅撰集計百三十四首入集。家集は「明日香井和歌集」。

 雅経は他人の歌のことばを詠み取ることが巧みだったとのこと。
 この歌も「古今集」冬、坂上是則 の <み吉野の山の白雪つもるらしふるさと寒くなりまさるなり> を本歌取りしたものです。
 是則の歌は、冬、寒さがいよいよ厳しくなってきた中、吉野山に降り積もっているだろう雪に思いを馳せているのですが、この歌は秋に転じ、秋の肌寒い風に、どこからともなく聞こえてくる単調な砧の音を配し、心に染み入ってくるような寂しさを表わしています。

 見事ですね。
 原曲を改作して 素晴らしい曲を作り上げた名編曲というところでしょうか。

author:, category:いろとりどりの歌(百人一首鑑賞), 23:19
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