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♪Questo♪Momento♪ 第52番「異名同音の軋み」
 ジャン-フィリップ・ラモーは 1683年 ブルゴーニュ地方ディジョン生まれ。大バッハ、ヘンデルとほぼ同時期の作曲家ですね。

 若い時分はクレルモンやパリ、あるいは父の跡を継いでディジョンなど、フランス各地で教会オルガン奏者を務めていたようす。

 1706年には「クラヴサン曲集 (第1巻)」を出版。

 しかし ラモーの名を有名にしたのは1722年に出版した「和声論」という音楽理論書でした。

 パリに定住して活動するようになり、1724年に「クラヴサン曲集第2巻」を出版、1732年にはサン クロア ドゥ ラ ブルトヌリ教会のオルガニストに就任。彼はパリで最も有名な音楽教師となりました。

 彼の生徒の中にドゥ ラ ププリニエール夫人がいたのですが、裕福で芸術愛好家である彼の夫はパシーの自宅で開いていた音楽会をラモーに任せることに。

 その音楽会はオーケストラの水準の高さ、あるいは そこで演奏される音楽の素晴らしさによって、パリの音楽界の一大中心地となっていて、知識人たちを惹きつけていました。

 ラモーはここでヴォルテールに出会い、オペラの作曲を始めることとなったのです。

 「イポリートとアリシー」を皮切りに オペラ (などの舞台作品) を次々と発表し、オペラ作曲家としての名声を確立します。

 1745年にはルイ15世の宮廷作曲家に任命され、フランス音楽の第一人者としての地位を固めたのでした。

 しかし1752年、フランスとイタリアの音楽の優劣をめぐって争われた いわゆる「ブフォン論争」でラモーは ルソーら啓蒙主義者によって攻撃の矢面に立てられます。

 この頃から次第にラモーは老いを感じるようになったようで、「鑑識力は強まっていくが、もはや創造の才がない」と書いているとのこと。作曲は途絶えがちになりますが、一方 音楽理論書の執筆はますます精力的だったようです。

 1764年にラモーは貴族に列せらますが、同年 死去。葬儀は国葬として執り行われました。



 ***



 近年 オペラなどの舞台作品の録音や映像も増えてきましたが、やはりラモーと言えば まずはクラヴサン曲集でしょう。



 1706年の第1クラヴサン曲集 (第1巻)、1724年のクラヴサン曲集 (第2巻 / 2つの組曲)、1728年のクラヴサンの新しい組曲 (第3巻 / 2つの組曲)。



 ロベール・ヴェイロン-ラクロワによる名曲集は、バッハ、ヘンデル以外のバロック音楽がまだ一般的に聞かれていなかった時代、その認知に貢献した1枚と言えるでしょう。

 クープランではラクロワの録音に魅了された私、それはフランス・バロックの魅力に開眼するきっかけのうちの1枚にもなったわけですが、ラモーではラクロワというわけではありませんでした。

 もう少し後に聞いた ウィリアム・クリスティの第2, 3巻を収録した2枚組だったのです。



 くっきりはっきりとした音像。チェンバロを目の前にして聞いているような。

 洒脱で優雅な音楽、あるいは謎めいたタイトルにイメージを膨らませて、とりこになったものです。

 ともに鳥の鳴き声を模した「鳥のさえずり」と「めんどり」が最も有名でしょう。後者はレスピーギによって管弦楽編曲されています。

 さらには「タンブーラン」「やさしい嘆き」「ソローニュの愚か者」「キュクロープス (ひとつめ巨人)」「未開人」「エジプト女 (ジプシー女)」などなど。

 クープランは膨大な曲集がありますが、ラモーはCD2枚半分というのがいいんですよね。全体の見通しがきく。



 さて、特に好きな曲はどれにいたしませう。

 第2巻最初のホ短調組曲の第1曲:アルマンドのしっとりとしたメランコリーから好きなのですが。



 第2巻のニ短調組曲の第2曲:ソローニュの愚か者と2つのドゥブルの ちょっと間が抜けたような 愛嬌ある単調さの後の「ため息 (Les soupirs)」も好き!

 長調で 陰鬱ではなく、また「優しく」と指示されており、ゆっくりと音階を上げていく様子はそれほど深刻ではない気分。

 ちょっと物憂げで、半分まどろんでいるような。そんな微妙なため息が好きなんですね。



 しかし第3巻の後のほうのト長調組曲7曲目、最後から2番目の「エンハーモニック」が、それ以上に好き!

 「エンハーモニック (L'enharmonique)」とは「異名同音」と訳される音楽用語。

 転調のひとつで、ド#とレ♭の関係ように、同じ音であるものの名前が違う音のことを言うとのことです。

 その役割は、シャープをフラットに読み替える、またはその逆をすることで、シャープ系の調からフラット系の調に (逆も同様) 転調することができる。遠い調にいくために使う転調、とのこと。

 ラモーの理論家としての成果であるそうです。



 私にはよく解りませんが、転調の妙は一目(聴)瞭然。



 ゆっくりとしたテンポによるメランコリックな気分の曲は、まるで精神に軋み・ねじれが生じるかのように変化。

 音楽理論の実践、あるいは知識人たちの楽しみを超えて、静かな不気味さが心に刺さるのです。

 これを書くために繰り返し聞いていると、頭が痛くなってきました…。



 そして最後は「L'egyptienne」。「エジプトの女」と訳されることもありますが、「ジプシー (ロマ)」のことなのでしょう。

 ロマは 昔ヨーロッパでエジプトから来たと考えられていて、「ジプシー」の名も「エジプト」から来ているということですので。最初のeが抜ければそのものですね。



  

 ↑ クリスティによる第2, 3巻、ソフィ・イェーツによる第1, 2巻。イェーツのCD購入は ジャケットが大好きなフラゴナールの「ぶらんこ」であることが第1の動機でした。
author:, category:♪この曲の♪ここが好き♪(百曲一所), 23:21
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