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♪Questo♪Momento♪ 第56番「未完成の告別四重奏曲」
 ハイドンの弦楽四重奏曲では最後の3曲が好きです。
 すなわち、第81番ト長調Op.77-1, Hob.III-81、第82番ヘ長調Op.77-2, Hob.III-82、第83番ニ短調Op.103, Hob.III-83。

 好きになったきっかけは これらを収録したラルキブデッリ (ベス,ファン デール,クスマウル,ビルスマ) のCD。もちろん古楽器による演奏です。
   

 81番と82番はロプコヴィッツ侯爵の依頼によって書かれたもの。
 通例通り6曲セットで計画されていたようですが、どういうわけか2曲のみで終わってしまいました。
 この2曲はそれまでのハイドンの弦楽四重奏曲同様 明朗でユーモアあるものながら、晩年 (1799年 67歳時) らしい熟練の作曲技術の中に 味わい深さのある充実した作品です。
 両曲の緩徐楽章の 何気ないようで 奥底に悲しみを秘めたような美しさ、そしてほとんどスケルツォのようなメヌエットの軽妙さ。なんとよくできていることでしょう。
 モーツァルトよりも素朴で薄味なので、注意深く聞いていないと通り過ぎてしまう美。噛めば噛むほど というやつですね。それに気付いた時、ハイドンの音楽の到達点を見つけたような気がしたものでした。

 しかしそれ以上に好きなのは最後の 第83番ニ短調Op.103, Hob.III-83

 この曲、アンダンテ グラツィオーゾと メヌエット マ ノン トゥロッポ プレストの2楽章のみしかない ハイドンの「未完成」。
 とはいえ死後発見された曲ではなく、ハイドン自身がもうこれ以上書けないと見切りをつけ 未完成の形で出版したという珍しい作品です。

 オラトリオ「四季」を完成させたハイドンは1803年、再び弦楽四重奏曲の作曲にとりかかりますが、気力体力の限界によって 1曲すら完成させることができませんでした。
 そこでハイドンは楽譜の終わりの部分に「我が力のすべては終わりを迎えた。私は老い、衰えた。」と記し、出版したのです。

 いわば 告別の四重奏曲。

 アンダンテ グラツィオーゾ。三部形式。
 気負いなく始まる優しい主題。 −ニ短調ということですが 長調ではない???
 淡々としてなんの変哲もないようでありながら 寂しさが垣間見えます。なんと味わい深い!

 中間部前半は変ト長調。第1ヴァイオリンを中心とした三連符の音楽。
 中間部後半部分では嬰ハ短調に。前半の変奏のような形ですが、寂しみが表面に現われます。
 そして終わりの部分で4つのパートは三連符の強奏、ハイドンは嗚咽する!
 短い間ではありますが、それでもほほえみとユーモアの人が 最後に老いの寂しさ、辛さを吐露するかのようで、胸に突き刺さります。

 主要主題の再現となりますが 一層の寂しさが感じられます。
 休符のあとのコーダで 弱音による半音階的な動き。−特にここが好き!
 寂寞感、逡巡。
 最後 それを振り切るかのように、音は駆け上がり 明るい表情で終わるのです。

 メヌエット マ ノン トゥロッポ プレスト、ニ短調。
 これもメヌエットというよりもスケルツォ的ではありますが、それ以上に激情的で、半音階的な動きが不気味です。
 中間部は二長調に転じますが これも寂しさの極み。

 モーツァルト晩年の幽玄な美を思い起こさせます。

 この2楽章、おそらく第2, 3楽章にあたる部分として書かれたものでしょう。
 両端楽章ではなく 中の部分の2楽章を先に書き、そこで筆を折ったということが、私には大いに気になるところ。
 Op.77の2曲で 私が特に充実していると感じるのは 中の2曲。

 晩年のハイドンが弦楽四重奏曲を書くことの主たる動機は ひょっとすると緩徐楽章と (スケルツォ的な) メヌエットだったのではないでしょうか。
 第83番の中の2楽章完成後、衰えた気力の中、喜びと楽しみを持って 速い楽章を書くことができなかったのではないか。
 そんなことを想像します。

 上記のCDでは最後に 合唱曲「老人」Hob.XXVc:5 が弦楽四重奏でしめやかに演奏されますが、まさにハイドンの人生の終わりを表わすかのよう。
 実はハイドンが未完成四重奏曲の楽譜の最後に記させた言葉は この合唱曲の歌詞なのです。ブックレットにはその歌詞が英語で掲載されています。
 ラルキブデッリの素晴らしいアイディアです。
author:, category:♪この曲の♪ここが好き♪(百曲一所), 18:56
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