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いろとりどりの歌 第71曲「人はいさ」

 昨日 大阪は最高気温18度にもなった後、一転 洗濯機の中を覗くような嵐。
 そして今日は寒の戻り。季節はまるでもがき苦しみながら春への脱皮をしているようです。

 町には梅の花が見られるようになりました。
 葉をつける前に咲かせるたくさんの花は まさに春への憧れ。桜の前座をけなげに務めます。

 第71曲は 昨年取り上げ損ねた 百人一首三十五番を。
 ≪人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香に匂ひける≫ 紀貫之(古今・春)

 詞書は、初瀬に詣づるごとにやどりける人の家に久しくやどらで 程へて後に至れりければ かの家のあるじ かくさだかになむやどりはあると 言ひいだして侍りければ そこに立てりける梅の花を折りてよめる

 貫之が長谷寺に詣でる時にはいつも泊っていた宿に久しく行かず、その後久しぶりに寄ったところ、宿の主人が「このように確かに宿はありますよ」と言ってきた。つまり長く来なかったことへの嫌味をかましてきたわけですね。
 そこで貫之はこの歌を詠み、梅の花を添えて贈ったのです。

 = 人の心は さあ わからないが、なじみの里は梅の花が昔のままに香っている =

 梅の花は昔どおり香り この里は私を歓迎してくれているが 人はもう歓迎してくれないのかな、と反撃したわけですね。

 ウィットに富んでいて 好きな歌です。
 春が近づく頃の冷たい空気、梅の花の香りがほのかに感じられるのもいい。

 「初瀬」は奈良県桜井市初瀬。長谷寺の本尊 十一面観音は貴族のみならず庶民からも広く信仰を集め、京の都からはるばる参詣する人が多かったようです。源俊頼の (「うかりける」 でも少し書きました。)
 特に女性に人気が高かったようですが、この歌によると 貫之もたびたび訪れていたようですね。毎年 梅の季節に参詣していたのでしょうか。
 しかしかつての常宿にはしばらく泊っていなかった (場所は旧都 奈良でしょうか?)。
 他の宿に泊っていたのか、忙しくて参詣自体をしていなかったのか知る由もありませんが、ともかく 宿の主人はその間 寂しい思いをしていた。久しぶりに訪ねてくれて嬉しかったが、一言嫌味を言わずにはいられなかったのでしょう。

 宿の主人の返歌が残されています。
 <花だにもおなじ心に咲くものを植ゑたる人の心知らなむ> 「心に」の替わりに「香ながら」となっている文献もあるようです。
 − 花でさえ昔と同じ心 (香り) で咲くというのに、それを植えた人の心が変わることはないということが分からないだろうか −

 この宿屋の主人も貫之に負けない才気の持ち主のようですね。
 切れ者同士 気が合ったのではないでしょうか。単に宿屋の主人と客という関係ではなく もはや親友だと思っていたのに という気持ちからの嫌味だったのかも。
 しかし夜には酒を酌み交わし、旧交を温めたことでしょう。 

 ***

 紀貫之 (きのつらゆき) は平安時代前期の歌人 (866?-945?)。紀望行(もちゆき) の子。「久方の」 の友則は従兄。
 若くして歌才をあらわし、多くの歌合・歌会などで活躍。延喜五年(905) には古今和歌集撰進の命を受けます (仮名序執筆)。
 官職には恵まれず、最終官位は従五位上。晩年に土佐守となり、その帰任での心境、事件を記した「土佐日記」はわが国最初の仮名文日記作品とされています。
 家集「貫之集」は自選だろうとのこと。勅撰入集はなんと計四百七十五首。

author:, category:いろとりどりの歌(百人一首鑑賞), 10:57
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