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いろとりどりの歌 第77曲「世の中は」

 弟の嫁は見事な復活を遂げたものの、先月うちの嫁の父上が入院、大腸がんでした。
 手術は成功し、退院。
 先日お見舞いに行ってきましたが、やはりとても痩せてしまって、一気に歳をとられた感じでした (義父は180センチ以上の長身、團伊玖磨に似た なかなかの男前です)。
 食が進まないのは想像していましたが、大変な酒豪だったにもかかわらず 一滴も呑めなくなっていたことには驚かされました。
 私の顔を見て 遺言めいたことをおっしゃり、ああ 元気になって またうまい酒を飲もうという気力はないのだな と。

 先日は友人の母上がお亡くなりになったのですが、私たちの親の世代がそういう年齢に。
 死というものがすっかり身近になってしまいました。
 私たちにも大きな転換期が来るかもしれない。
 そんなことを つらつら考えている中、思い浮かんだ「世の中は常にもがもな」の言葉。

 −世の中がいつまでも変わらないものならいいのだが…。

 ということで第77曲は 百人一首第九十三番
 ≪世の中はつねにもがもななぎさこぐあまの小舟(をぶね) の綱手かなしも≫ 鎌倉右大臣(新勅撰・羇旅)

 = 世の中がいつまでも変わらないでほしいものだ。渚を漕ぐ漁師の小舟を綱で引く様子のなんとおもむき深いことか =

 渚を漕ぐ漁師の小舟を綱で引く というのは、漁のための小船を出すのに 綱で引いて出すということのよう。浅瀬のため櫂で漕ぎにくいということでしょうか。

 「かなし」は「悲しい」のではなく、しみじみと感じられ、いとおしい気持ちになるというような感情。
 漁師の仕事を見て、そう感じているのです。
 つまり 私の「常にもがもな」は、この歌の内容とはまったく違う感情からです。

 私がこの言葉を思い出し、反芻していたのは「もがもな」という語感が面白くて印象深いということもあります。
 「も」は係助詞、「がも」は願望の終助詞、「な」は詠嘆の終助詞なのですが、「もがも」は奈良時代に使われていた古い言葉なのですね。平安時代にはすでに「もがな」にとって代わっていた。
 また「かなしも」の「も」も奈良時代に使われていた詠嘆の終助詞。

 そんな表現を使っているのは、
 <河の上のゆつ岩むらに草むさず常にもがもな常処女(とこおとめ) にて> 吹黄刀自(ふふきのとじ)(万葉集)
 <みちのくはいづくはあれど塩がまの浦こぐ舟の綱手かなしも> よみ人しらず (古今集・東歌陸奥歌)
 という古い歌を本歌取りしているから。

 このように 作られた時 すでに古風である歌を詠んだ鎌倉右大臣とは、鎌倉幕府第三代将軍 実朝(さねとも) (1192〜1219)。
 源頼朝の次男で 母は北条政子。1204年 十二歳で第三代将軍となる。
 その後 藤原定家、飛鳥井雅経、鴨長明らと親交を持ち、和歌の腕を磨く。
 1219年 二十八歳の時、兄 頼家の遺児 公暁(くぎょう) に暗殺される。
 新勅撰集初出で勅撰入集は計九十二首。家集に「金槐集」。

 当時の一般の歌風とは異なった万葉風の力強い歌を多く詠んだとのことです。
 若き将軍がそのような趣味であったというのは ちょっと意外な気がしますが、この歌もまさしくそういう作風ですね。

 この歌、実際 旅の途中で見た光景に喚起されたものなのでしょう。
 古歌と同様の漁師たちにしみじみと感じ入り 世の不変を願った。
 将軍としてさまざまな思いが胸のうちを去来したことでしょう。

 しかし彼自身が若くして絶命するという運命にありました。

 世の中はどうしたって無常なもの。

 とはいえ 義父はまた元気になって長生きしてくれるよう、心より願っております。

author:, category:いろとりどりの歌(百人一首鑑賞), 10:37
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