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いろとりどりの歌 第79曲「見せばやな」

 今回は 第九十番を。
 ≪見せばやな雄島のあまの袖だにもぬれにぞぬれし色はかはらず≫ 殷富門院大輔 (千載・恋)
 −歌合し侍りける時 恋の歌とてよめる

 「見せばやな」の「ばや」は願望を表わす終助詞。「な」は感動の終助詞。
 「雄島 (をじま)」は 宮城県松島の島のひとつ。「あま」は 海人・漁夫。
 「ぬれにぞぬれし」は「濡れたうえにも濡れた」。

 = つれなくされて涙ですっかり濡れてしまったこの袖をあなたに見せたいものです。雄島の漁夫の袖が濡れに濡れていたけれど 私の袖のように色までは変わらないわ。=

 恋歌の訳は三省堂〜。
 − ほんとうにあなたにお見せしたいものですよ。あの陸奥の雄島の海人(あま) の袖でさえ、たしかにひどくぬれはしたけれど、でも、だからといって、色は変わりません。それなのに、それに比べて、わたしの袖といったら、冷たいあなたのために、涙ですっかり変わってしまいました。−

 前回の源重之の「風をいたみ」と同様、海の様子を恋に譬えています。こちらは海人ですが。

 しかし この歌、単に重之の歌と共通点があるだけではなく、重之の別の歌を本歌取りしたものなのです。

 <松島や雄島が磯にあさりするあまの袖こそかくはぬれしか> (後拾遺・恋)

 雄島の海人の袖ほどぐっしょりと濡れてしまった という歌を、殷富門院大輔はさらにひとひねりして、雄島の海人の袖でも色までは変わらないと、嘆き・恨みをさらに大きく表わしたわけです。

 なお「殷富門院大輔集」に、

  おなじたび頼政三位渡辺にありと聞きて人々ふみつかはししついでに
 <たびごろもうち漕ぎ出づる釣り舟にもの恋しくや君と流るる>

  かへし、頼政三位
 <我はただ雄島のあまぞ忘られぬ釣する舟を見るにつけても>
  これは歌合に雄島のあまといふ歌よみたりしを思ひけるにや

 という源頼政との贈答歌を収めていますが、「見せばやな」が当時すでに有名になっていたらしいことが伺えます。

 殷富門院大輔(いんぷもんゐんのたいふ) は、平安時代末期に活躍した女流歌人 (1130頃-1200年頃)。
 藤原北家出身、三条右大臣定方の末裔。父は 散位従五位下 藤原信成、母は 式部大輔 菅原在良の娘。
 若くして 後白河天皇の第一皇女 亮子内親王 (のちの殷富門院) に仕える。1192年 殷富門院の落飾に従い 出家したとされる。
 多くの歌合に参加、自らもしばしば歌会を催したとのこと。多作家で「千首大輔」の異名あり。
 家集「殷富門院大輔集」。千載集をはじめ 勅撰集六十三首選出。

 鴨長明の「無名抄」には 小侍従と共に「近く女歌よみの上手」とされ、生前の名声は大変高かったようです。

author:, category:いろとりどりの歌(百人一首鑑賞), 22:18
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