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♪Questo♪Momento♪ 第69番「普遍的な芸術への昇華」
 このところ 1週間に1度程度 近くの神社に参詣に行っております。
 そのきっかけは昨年末の弟の嫁が病に倒れたこと。
 頼むから元気になってくれ〜 と それこそまさしく神頼み。平日はほぼ毎日 願掛けに行っておりました。
 その甲斐あって (?) 義妹は見事な復活を遂げたのですが、その後も1週間に1度の参拝を続けることにしたというわけです。

 手を合わせ 何を祈っているかといいますと、まずは われわれ夫婦が元気に過ごせることへの感謝。そして父母、天皇陛下への感謝と健康・長寿。あと時々 一族の繁栄、商売繁盛など。

 うちは神道ですし、自然を畏れ敬う日本古来の神道に愛着を感じている… とはいえ、強く信仰し、熱心に祈っているというわけではないし、神道についてそれほど知っているわけでもない。

 では なぜ今も参詣に行くのか。
 実は自分でもよく判らないのですが…。
 しかし ともかく、敬虔な気持ちで本殿に対し 感謝や祈願をすることによって、忘れないように 自分の心に強く刻み込むという意味があるのではないかと思うようになりました。
 神社の本殿を前にするというのは 自分の心に対するようなものだと。
 賽銭は自分の心に貯金するようなものかなと。
 となると 毎回10円玉しか入れられないのは心が貧しいことの反映か とハタと気づかされてしまうのですが…。

 ともかく 信仰というものとまったく遠いところにあり、また ここ数年は初詣にさえ行っていなかった私の、神とのゆる〜い接触が心地よく感じられる今日この頃です。

 さて。私は 高校の時に プライのバッハのカンタータ第56,82番を購入するなど、若い頃からバッハの宗教曲に親しんでいました。
 父はバッハが最も好きな作曲家で、ヴェルナー指揮 シュッツchoのカンタータのLPを数枚持っており、そうした影響があったわけです。

 余談ながら、父はハイバリトンで 時々「イッヒ ヴィル ディーン クローイチュタープ ゲールネ トラーゲン (Ich will den Kreuzstab gerne tragen)」とカンタータ第56番「われ喜びで十字架を担わん」の冒頭部分を歌っていました。
 とはいえ いつも「トラア〜アアアアア〜」のメリスマ部分で分からなくなり、尻切れトンボだったのですが。今でもたまに思い出し クスッと笑ってしまうのです。

 バッハはキリスト教との初めての接点でもあったわけですが、私は その後、宗教曲の詞に疑問を感じるように。
 特にミサ曲の典礼文がダメ。
 そのことは、私がツァラトゥストラを求めたひとつの要因ともなったわけです。

 キリスト教を否定すると バッハをも否定することになるのでは?
 これは長く私を悩ませたことでした。

 しかし バッハに限らず 優れた宗教曲は、キリスト教のために書かれた音楽でありながら、本来の宗教的意味を超え 普遍的な芸術として昇華しているのだ。
 そういう結論に至りました。

 詞の内容がどうであれ、人のいろいろな感情を揺さぶり、感動を与える音楽を書いたのですね。
 ホント バッハってスゴイ。

 ドイツ語が解らないことは 逆に有利ではないか。そう思うようにも。
 物語的なマタイ受難曲だって、詞の内容を知らなくたって 心に響くではないですか。
 実はマタイは高校の時にコルボ指揮のLPを購入したのですが、詞の意味がわからず、LP1面でギヴアップ、それ以来長い間避けていました。
 今から十数年前 改めて聞いたのですが、その際 まったく詞の内容を確かめずに何度も繰り返し聞き、その素晴らしさを知ったのです。

 さて、今回は J.S. バッハ:カンタータ第131番「深き淵より 主よ われ汝に呼ばわる Aus der Tiefen rufe ich, Herr zu dir を。

 鈴木雅明=BCJ の録音で初めて聞いた時、俺だけの名曲を見つけた!と ひとりではしゃいでいました。
 他の録音も聞きたいということで ヘルヴェッヘ、ガーディナーを続けて購入したのですが、その間に この曲が結構 有名であることに気づき、拍子抜けしたという思い出があります。

 作曲は1707〜08年の間。バッハ20代前半の若書きであることに驚かされます。
 シンフォニアと合唱、ソプラノ・コラール付きのバスのアリオーゾ、合唱、アルト・コラール付きのテノールのアリア、合唱とシンメトリックに配置された5曲からなっており、歌詞は旧約聖書、ふたつのアリアのコーラル部分のみB.リングヴァルトの詩によっています。

 全曲優れた曲ですが、なかんずく 第1曲から続けて演奏される第2曲。ソプラノ・コラール付きのバスのアリオーゾ。器楽はオーボエのオブリガートと通奏低音のみ。
  So du willst, Herr Sünde zurechnen, Herr, wer wird bestechen?
 バスの切なる祈りの歌 (前半 この詞の繰り返し) に オーボエのオブリガートが甘く、幾分明るさを持って絡みつきます。
 そして 2分音符の連続によるゆったりとしたソプラノ合唱のコラール Erben dich mein in solcher Last … が あたかも天上からの光が差し込むかのように。

 後半は Denn bei dir ist die Vergebung, dass man dich fürchte この詞の繰り返し。
 ソプラノ・コラールは Auf dass ich nicht mit grassem Weh … 

 dass man dich fürchte では 1拍4連を中心としたメリスマ唱法が駆使され、グルグル回るような、混乱でも表わすような、あるいはジャズかなにかを思わせるようなトリッキーな動きをすることに大変驚かされます。
 詞は「それであなた (主) は畏れ敬われるのです」。
 熱く 憑かれたように、畏怖・尊敬を表しているということでしょうか?
 大変興味深く、いろいろと考えさせられる部分です。

 しかし 特にここが好き!はそのメリスマが現われる前の部分にいたしましょう。
 後半に入り、Denn bei dir ist die Vergebung と2度 高めの声で歌われたあと (ここでコラールが入る)、急に低声に転じて bei dir ist die Vergebung が繰り返して歌われるのですが、大変印象的です。

    

 シャープの音が効いてるんですよね。意味ありげ。ちょっと不適な笑みを浮かべるようにも聞こえるというのは 下衆の勘ぐり。
 すなおに曲そのものの美しさと この部分のユニークな仕掛けの妙を素直に味わいましょう。
author:, category:♪この曲の♪ここが好き♪(百曲一所), 15:38
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