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いろとりどりの歌 第82曲「住の江の」

 前回の第四十九番「みかきもり」を書いたのが 2013.06.28 ということで、約1年ぶりの「百人一首」更新となりました。
 あと19首、なんとか完成させたいと思います。

 ラストスパート1作目は 第十八番、大阪の住之江が詠みこまれ、また「よる波よる」「夢の通ひ路」という言葉が 子供の頃から印象的で、また後年、そのロマンティックな情緒が好きになった歌を。

 ≪住の江の岸による波よるさへや夢の通ひ路人目よくらむ≫ 藤原敏行朝臣 (古今集/恋)

 「住の江」は摂津国住吉の浦。今の大阪府の住吉大社付近の海。当時は入江があった。
 「岸による波」までが序詞。「寄る」と重ねて「夜」にかけて、「夜さえや」と続けている。
 「よるさへや」は「夜でさえも…か」 「夢の通ひ路」は 夢の中で恋人が通う道。
 「人目よくらむ」は「人目を避けるからだろうか」。

 = 住の江の岸に寄る波は夜でもやって来るというのにあなたは来てくれない。夜の夢の通い路でさえ人目を避けているのでしょうか =

 驚きました…。目からウロコ。再開してよかった。
 私がずっと参考にしていた 爺の遺品である 難波喜造氏著「百人一首」には、自分が夢で彼女の元へ行くのにも人目を避けなくてはならないことを嘆く歌としているのです。
 ずっとそう思っていました。
 しかし三省堂古語辞典でも、とあるサイトでも、相手が来ないことを嘆く解釈。
 三省堂には、作者自身が夢のなかでまで人目を避けようとしている、とする解もあるが、相手を責め、訴えているとみるほうが自然。とあります。

 今回も三省堂の訳を紹介しておきましょう。

 − 住の江に寄る波、それはわたしだ。わたしの心もあなたにひたすら寄っている。「よる」といえば、「夜」、人目のうるさい昼はしかたないにしても、夜まで、人目を気にかける必要のない夜の夢のなかの通い路でまで、あなたは人目を避けていらっしゃるのだろうか。夢のなかでさえ逢うことがかなわない −

 「それは私だ」なんていうと男みたいですが、まさか男が女に「夢で通ってきてぇ」と嘆いているわけではありますまい。

 ところで この歌、古今集の詞書によれば、光孝天皇の妃で 宇多天皇の生母である斑子が主催した歌合せで詠まれた作とのこと。
 「古今集」で この歌の直前におかれている歌
 <恋ひわびてうち寝(ぬ)るなかに行(ゆ)き通ふ夢の直路(ただぢ)は現(うつつ)ならなむ>
  は、同じ歌合せでの同じ敏行の歌。
 夢の中では人目も気にせずまっすぐに恋しい人のもとに行けるので、現実でもそうであったらという気持ち。

 夢の通ひ路、夢の直路とセットになっているのが面白いですね。
 対とすれば「通ひ路」も 夢の中でも人目を避けようとしている という自分の気持ちとしたほうが より対らしいと思ったりもするのですが…。

 まぁいいでしょう。

 それにしても、夢での逢瀬も大事という 恋愛がおおっぴらにできなかった時代の不便さたるや。
 だからこそ一層 思いが募り、また 詩になるといえるでしょうか。
 そういえば、うちの奥さんの姪っ子 (未婚の20代) が、先日 彼氏とフランスへ旅行してきたらしいのですが、隔世の感がありますね。

 藤原敏行は 平安時代初期の歌人 (生年不詳−901? 907?)。能書家としても知られています。官位は従四位上・右兵衛督。
 宇多天皇時代きっての歌人で、紀友則・貫之など卑官の歌人たちが宮廷の歌壇に進出するのを助けたとのことです。

 <秋来ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる>
  は病弱だったという敏行の繊細な心が捉えた名作。

 昨年11月のメルマガでチラッと書いておりました。

author:, category:いろとりどりの歌(百人一首鑑賞), 21:23
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