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いろとりどりの歌 第83曲「君がため惜しからざりし」

 今回は 百人一首第五十番
 ≪君がため惜しからざりし命さへ長くもがなと思ひけるかな≫ 藤原義孝 (後拾遺・恋)

 作者の藤原義孝(ふじわらのよしたか) は 平安時代中期の公家・歌人 (974-974)。
 摂政太政大臣 藤原伊尹 (謙徳公) の三男(あるいは四男)。母は恵子女王。
 源保光女を娶り、行成をもうけた。
 天禄二年(971)、右少将。翌年、正五位下。
 天延二年(974) 疱瘡に罹り、九月十六日、朝に亡くなった兄 挙賢(たかかた) に続いて、夕に亡くなった。享年二十一。

 美男で、信仰心厚かったことが「大鏡」「栄花物語」からうかがえるとのこと。
 また その生涯は「今昔物語」などにも説話化。
 薄幸の美少年ということで、当然というところでしょうか。

 さて、歌。
 詞書は、女のもとよりかへりてつかはしける
 後朝の歌ですね。彼女のところに通っていって一夜を過ごしたあと彼女に贈った歌。

 = 今までわたしは命など惜しくなかった。しかしあなたを知った今となっては 長く生きたいと思うのです =

 実はこの解釈、前回の「住の江の」同様、私がずっと信じていた解釈と違うのです!

 私がずっと参考にしていた難波喜造氏著「百人一首」は、「君がため」が素直に次の「惜しからざりし」にかかるという解釈。
 とすると −あなたに1度逢えるなら 命など惜しくはないと思っていたけれど、今となっては 長く生きたいと思うのです− という意味に。

 嫌な歌だと思っていました。
 つまり「1回逢ってくれたら死んでもいい! ともかく1回だけ!」と迫っていた様子が想像できるから。
 それを果たした後は やっぱりまた会いたいよ〜、て、めめしすぎる。


 しかし「君がため」が最後の「思ひけるかな」にかかるとすると。

 = 今まで人生なんてどうでもいいと思っていたよ。貴族としての出世なんてクソくらえだと。くだらない世の中だと。でも君に逢って考えが変わったんだ。君とともにこの世を生きたいと! =

 愛を知って人生観が変わった青年の瑞々しい感情が鮮烈に感じられるではありませんか。

 初句が下句や結句にかかる例は和歌に少なくないとなれば、この解釈をとるべきでしょう。

 ああ、このコーナー再開してよかった…。

 さて、彼の歌として残されているものには、死後のものがあるのが面白い。

 <しかばかり契りしものを渡り川かへるほどには忘るべしや> 後拾遺集

 この歌義孝の少将わづらひ侍りけるに亡くなりたりともしばし待て経よみはてむと妹の女御にいひ侍りてほどもなく身まかりてのち忘れてとかくしてければその夜母の夢に見え侍りける歌なり

 − 死んでもすぐには納棺しないでほしいとあれほど約束したのに、私が三途の川から引き返す間に忘れるなんて −

 義孝が臨終の床で「経を最後まで読みたいから、死んでもすぐに納棺はしないでほしい」と、妹の女御に遺言したのですが、彼女はその約束を忘れてしまって 葬儀の準備などを進めてしまった。
 そのため その晩 義孝が母親の夢に現れて詠んだという歌なんです。

 面白いですね。
 現代では笑い話ですが、当時は怖くて、かわいそうで、心に響く話だったでしょう。

author:, category:いろとりどりの歌(百人一首鑑賞), 21:26
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