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いろとりどりの歌 第88曲「明けぬれば」

 2ヶ月以上ぶりの更新となり、冬にとっておいていた歌が立春を過ぎてしまいました。
 とはいえ 春は名のみ。一番寒い季節です。

 今回は百人一首第五十二番
 ≪明けぬれば暮るるものとは知りながらなほ恨めしき朝ぼらけかな≫ 藤原道信朝臣(後拾遺・恋)
 = 夜が明けてしまえば また日は暮れ、再びあなたと逢えるのだと分かってはいるけれど、それでもやはり夜明けというのは恨めしいものだ =
 三省堂に登場願う必要のないくらい 分かりやすい歌です。
 恋歌 (後朝の歌) ですが、詞書は、女のもとより雪ふり侍りける日かへりてつかはしける
 冬の歌です。

 後拾遺集では、その詞書のあとにまず <かへるさの道やは変はる変はらねどとくるにまどふ今朝のあは雪> が掲載されています。
 − 帰り道がいつもと違う道であるわけはないのに、今朝は淡雪が融けていつもと様子が違っていて、道に迷っているのです −
 しかし これは表面上の意味で、あなたが打ち解けた態度だったので 恋で心が乱れてしまっている、ということが言いたいわけです。

 この歌の後に <明けぬれば> が掲載されています。
 2首を合わせると、打ち解けてきて一歩進んだ恋。一番楽しい時。ワクワクがとまらない。また今晩会えるけれども、少しでもふたりを引き離す夜明けが恨めしい…。

 難波喜造氏は、<明けぬれば> だけでは冬の歌だということはわからないが、セットになっているということで、夜が長く、昼間の短い冬の作であることがわかってくると、「明けぬれば暮るるもの」というとらえ方がひどく現実味を帯びてくるということもあわせて指摘おきたい と。

 しかししかし。

 家集「道信朝臣集」では、まず おなじ女のもとよりかへりて という詞書があり、 <明けぬれば> の歌が。その後に 女のもとより雪のふりける朝にかへりて の詞書があり、<かへるさの> があるというではないですか。
 どうやらセットの歌というわけではなさそうなのです。

 後拾遺集の撰者は「道信集」の歌の並びを逆にして <明けぬれば> も冬の早朝の歌とし、さらには <かへるさの> とセットにすることで、より具体的にイメージしやすく、情趣の広がりを持たせようとしたのではないでしょうか。
 ちなみに「道信朝臣集」が自選かどうか、いつ頃 編まれたものかは分かりませんが、「後拾遺集」は道信の時代の百年ほど後の編纂です。

 このコーナーをやっていると、長く参考にしていた本が 深く掘り下げて研究した結果 書かれたものではなかったということがボロボロと出てきます。なんとも複雑な気持ち…。

 藤原道信 (ふじわらのみちのぶ) は、平安時代中期の公家・歌人 (972〜994)。九条右大臣 師輔の孫、太政大臣 為光の三男。母は 謙徳公 伊尹 の娘。
 藤原 実方公任 と特に親しく、頻繁に歌の贈答をしていたとのこと。
 23歳で早世。「大鏡」に「いみじき和歌の上手」とあり。
 勅撰入集は拾遺集初出、計四十八首。家集「道信朝臣集」。

author:, category:いろとりどりの歌(百人一首鑑賞), 01:22
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