RSS | ATOM | SEARCH
いろとりどりの歌 第92曲「来ぬ人を」

 今回はついに百人一首選者本人 定家の作を。

 百人一首第九十七番

 《来ぬ人をまつほの浦の夕なぎに焼くや藻塩の身もこがれつつ》 権中納言定家 (新勅撰・恋三)

 

 「まつほ(松帆)の浦」は兵庫県淡路島北端にある海岸。「松」と「待つ」がかかっている。

 「焼くや」の「や」は間投助詞。語調を整え、感動・余情・強調などの意を添える。

 「藻塩」は海藻から採る塩のこと。海藻に海水をかけて干し、乾いたところで焼いて水に溶かし、さらに煮詰めて塩を精製した。「焼く」「藻塩」は「こがれ」と縁語。

 「まつほ〜藻塩の」は「こがれ」を導き出す序詞(じょことば)で、 「身もこがれつつ」は藻塩がこげるのと、思い焦がれる気持ちとをかけている。

 

 =松帆の浦の夕なぎに焼かれる藻塩がこげるように、わたしも来ない人を待って身も焦がれるようだ=

 

 煙たなびく夕方の海辺の景色と 乙女のせつない恋心。なかなかいいですねぇ。

 

 三省堂訳 = いっこうに姿を見せない人を待つ夕暮れのわたしは、あの松帆の浦の夕なぎに海女が焼く藻塩と同じ、胸のうちに燃える「恋(こひ)」という火で、心ばかりか身までこがれる繰り返し。

 おお、歌に「恋」は出てこないのに…。

 

 この歌は「万葉集」の長歌を本歌としています。

 〈名寸隅 (なきすみ) の 舟瀬 (ふなせ) ゆ見ゆる 淡路島 松帆の浦に 朝なぎに 玉藻刈りつつ 夕なぎに 藻塩焼きつつ 海人をとめ ありとは聞けど 見に行かむ よしのなければ ますらをの 心はなしに 手弱女 (たわやめ) の 思ひたわみて たもとほり 我れはぞ恋ふる 舟楫 (ふなかぢ) をなみ〉

 

 本歌は 海を隔てた向こう岸で働く乙女を想像して悶々とする男心ですが、定家は 藻塩を焼きながら恋人を待っている乙女の姿に作り変えたわけです。おおらかな万葉調の歌が、宮廷風の優美な歌になっていますね。

 

 詞書は、建保六年内裏歌合の恋の歌

 健保六年 (1218年)、閏 (うるう) 六月九日におこなわれた内裏歌合せで、順徳天皇の御製と組み合わされたのですが、珍しい「まつほの浦」に目をつけたのが素晴らしいと天皇の賞賛があり、勝ちになりました。御製と組み合わされて勝ったのは、後にも先にもこの歌のみということで、定家も大変誇らしかったのではないでしょうか。百人一首への自作の選出にはあれこれと迷うことはなかったのかも知れません。

 

 ***

 

 藤原定家(ふじわらのさだいえ・ていか)は、鎌倉時代初期の公家・歌人 (1162〜1241)。藤原北家御子左流で藤原俊成の二男。最終官位は正二位権中納言。京極殿、京極中納言と呼ばれた。歌人の寂蓮は従兄。

 平安時代末期から鎌倉時代初期という激動期、父 俊成亡き後 御子左家の歌道を牽引し、「新古今調」の歌風を確立した。「新古今和歌集」「新勅撰和歌集」の2つの勅撰和歌集を撰進。「毎月抄」などの歌論書を著したほか、秀歌撰「定家八代抄」、家集「拾遺愚草」あり。18歳から74歳までの56年にわたる克明な日記「明月記」は 2000年 国宝に指定された。

 

 「小倉百人一首」はもともと鎌倉幕府の御家人で、歌人でもある宇都宮蓮生(頼綱)の求めに応じて、定家が作成した色紙。蓮生は京都嵯峨野に建築した別荘 小倉山荘の襖の装飾のため、定家に色紙の作成を依頼した。定家は古今百人の歌人の和歌を一首ずつ選び、年代順に色紙にしたためた。

 室町時代後期、連歌師の宗祇 (そうぎ) が著した「百人一首抄」がきっかけとなって、小倉百人一首は歌道の入門編として一般にも知られるようになった。

 

 ***

 

 写真は定家の所有していたものと伝わる仏様 (念持仏)。京都市指定有形文化財。嵯峨の小堂 慈眼堂に安置されています。普段 お堂は閉じられ、安置されていることを知らせる案内板がお堂の前にあるだけですが、約20年前 (平成8年) の8月、訪れた時がたまたま地蔵盆の日で お堂は開かれており、幸運なことに実物を見ることができたのです。名字は藤原でも 私は栄光の北家の末裔ではありませんが、先祖にお導きいただいた!と興奮したものです。

 

  

 

 ちなみにこの慈眼堂のそばには臨済宗の尼寺 厭離庵がありますが、定家の山荘、あるいは宇都宮蓮生の小倉山荘跡と言われています。平成8年に訪れた際は「拝観謝絶」でしたが、先日 訪れてみると 観光客でにぎわっていました。いつの間にか紅葉の時期のみ拝観をおこなうようになっていたのです。

author:zarathustra4, category:いろとりどりの歌(百人一首鑑賞), 00:21
comments(0), -
スポンサーサイト
author:スポンサードリンク, category:-, 00:21
-, -
Comment