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いろとりどりの歌 第94曲「恨みわび」

 年が開け 2018年。残り7首。今回は初夏に取り上げようとしていて タイミングがうまくいかず、後回しになってしまっていた歌を。

 

 《恨みわびほさぬ袖だにあるものを恋に朽ちなむ名こそ惜しけれ》 相模 (後拾遺集・恋)

 

 「わび(わぶ  (侘ぶ))」は「嘆き思い煩う」

 「ほさぬ袖」は、乾かそうとしても乾かすことができないほど涙で濡れた袖。

 

 =恨み嘆き、干すことができないほど袖が涙で濡れて朽ちてしまいそうであることだけでも悔しいのに、恋のためにわたしの名が朽ちてしまうことのなんと悔しいことか=

 

 三省堂訳 −相手のつれないしうちを恨み嘆き、おさえようとしてもおさえきれずにあふれる涙で乾く間とてないこの袖さえもいたわしいのに、恋の浮き名が立つようなことになったら、そのために朽ちはててしまう我が名が、ほんとうに残念だ。−

 

 「恋に朽ちなむ」という表現は評判となり、以後 似た表現が使われるようになったとのことです。

 

 ところで「ほさぬ袖だにあるものを」には「袖さえ朽ちずにあるのに」という解釈もあるとのこと。しかし「朽ちそうな袖さえ惜しくあるのに」と解するほうがしぜんなように感じます。

 

 この歌自体は初夏に関係ありませんが、五月五日、現在の6月中頃に詠まれた歌なのです。

 永承六年 (1051年)、後冷泉天皇の御世、五月五日の内裏根合 (ねあわせ)。

 根合わせとは菖蒲 (しょうぶ) の根の長さを競い合うという遊び。もともと5月5日には菖蒲を屋根に葺いたり、束ねて枕にしたり、風呂に入れたり、酒に入れて飲んだりして、無病息災を願う習慣がありました。菖蒲の根はとても長いため、それを抜く際、根の長さを比べるという遊びがおこなわれ、宮中では歌合せなどとともに催されるようになったのです。

 

 この日の根合わせは左右 二十人ずつによる対戦。それぞれのリーダーは頭中将 源資綱と頭弁 藤原経家 (定頼の子)。中宮も女房たちを引き連れて見物。彼女らは特別にあつらえた揃いの装束。わけても袿 (うちぎ) は光沢を出した菖蒲がさね (表 青・裏 濃紅梅)。

 左の経家が州浜の下に進み出て、根を取り出し御前に。一丈一尺もあった。続いて右方。こちらはそれを上回る一丈三尺。なんと約4メートル!

 「栄華物語」でこの時の話が詳細に伝えられているのは、特に名勝負で、おおいに盛り上がったためなのでしょう。

 

 その後の歌合せは、題が菖蒲、ほととぎす、早苗、祝、恋。それぞれ一番ずつ、合計五番の歌合せでした。

 「恨みわび」は恋の左方。右近少将 源経俊の〈下燃ゆるなげきをだにも知らせばやたく火の神のしるしばかりに〉と合わされ、勝利しました。

 歌合せのあとは音楽。この日は天皇自ら笛を吹かれたと伝えられています。

 

 相模 (さがみ) は平安時代後期の歌人。十代の頃 結婚するも離婚し、その後 大江公資の妻となる。夫の任地から「相模」の名で呼ばれるようになるが、公資とも離婚。この頃 藤原定頼との恋愛が知られている。やがて脩子内親王、続いて 祐子内親王に仕え、後朱雀・後冷泉朝の歌壇で活躍。歌道の指導的立場にあった。「後拾遺和歌集」では和泉式部に続く歌数を誇る他、以降の勅撰集、家集等に多数作品を残している。

author:zarathustra4, category:-, 22:15
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