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題名のない音楽会のこと

 一応 録画している「題名のない音楽会」。しかし 結局 見ないことが多くなりました。

 ビギナー向け、あるいは非クラシックの企画が多くなりましたよね。

 

 佐渡裕時代、五嶋龍時代が懐かしい。

 いや、それ以上に黛敏郎時代が懐かしい。

 

 子供の時は一時「オーケストラがやってきた」とともに日曜日の午前中に放映していて、楽しみにしていました。

 山本直純司会の「オーケストラがやってきた」のほうが明るい雰囲気で好きだったとはいえ、「題名」も子供の時に見たいろいろな場面が記憶に残っています。

 

 一番 記憶に残っているのが、なんといっても芥川也寸志が亡くなった時。

 最初から泣きじゃくって舞台に登場した黛の姿、あるいは「思想的には立場を異にしていましたが」という言葉が大変印象に残っています。

 

 芥川が亡くなったのは1989年1月とのことですから、私は24歳。

 もう働いていた時だったというのは意外です。その時代も (毎回ではなかったでしょうが) 見ていたとは思いませんでした。

 

 WIKIPEDIAには、保守派の文化人として政治活動もしていた黛は、時に軍歌や憲法など政治的なテーマを度々取り上げたが、一部はテレビ朝日側が却下し、放送される事は無かった、と書かれています。

 「教育勅語のすすめ」、カンタータ「憲法はなぜ改正されなければならないか」が放映されなかったとのこと。

 

 しかし「皇紀2630年奉祝番組」「君が代考」などは放映されたそうです。

 

 「君が代」を愛する私としては「君が代考」は特に見たかったです。

 

author:zarathustra4, category:ちょこちょこブログ, 00:36
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Comment
子供の頃、オーケストラがやって来たの公開収録に行きました。ヤマカズさんをナマで観ました。ヤマカズジャンプも。
黛には番組と同名の本がありました。今でも中古で(ちょっと高いですが)入手可能です。
七味とうがらし, 2019/07/27 9:59 PM
このたびもコメントをいただきまして、ありがとうございます。「オーケストラがやってきた」の公開収録をご覧になったとのこと、ヤマカズさんが見られたとのこと、いい経験・思い出ですね。−以前 ネットで小澤征爾の登場回を見ましたが、やはり基本的には子供向けに作っていたんだと納得しました。もちろんおとなのほうが理解しやすいんですけどね。
ファルスタッフ, 2019/07/29 1:32 AM