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いろとりどりの歌 第4曲「天つ風」

 第4曲は 百人一首第十二番
 ≪天つ風雲のかよひ路吹きとぢよ乙女のすがたしばしとどめむ≫ 僧正遍昭 (古今集・雑)

 遍昭(へんじょう) は平安初期の僧侶・歌人。俗名は良岑宗貞(よしみねのむねさだ)。
 桓武天皇の子である大納言 良岑安世の子。左近衛中将、蔵人頭となり、上達部(かんだちめ) 目前の艶名高き貴公子でしたが、寵遇を受けた仁明天皇の崩御を期に出家。
 僧正に昇って (花山僧正と呼ばれるようになる)、山科の元慶寺を創立しました。

 この歌には −五節の舞姫を見てよめる という詞書がありますが、五節とは11月の第2の丑の日から4日間 宮中でおこなわれる儀式で、中心は3日目夜の新嘗祭と 4日目の豊明節会(とよのあかりのせちえ)
 新嘗祭で新米を供え 神とともに食された天皇が、翌日の豊明節会で 家臣たちとともに新米を食されるのですが、この日 4人の舞姫 (公卿・受領から2人ずつ召された少女) が舞を披露します。

 これは天武天皇 吉野行幸の折、天皇のつまびく琴に感じ入った天女が天下り (本来の意味の “天下り”!)、「乙女ども乙女さびすもから玉を袂にまきて乙女さびすも」と歌いながら舞ったという故事にもとづくものとのこと。
 遍昭は この五節の舞姫を吉野の天女に見立て詠んだというわけです。

 = 天の風よ 天女が行き交う雲の通り道を閉じてしまっておくれ、少しでもその美しい姿を留めておきたいのだ =

 まるで紗のかかった美しい映像を見るよう。なんとも幻想的で優婉。
 言葉の選び方も絶妙ではないでしょうか。

 そこには柔らかなエロティシズムがあり、いかにも若い頃 優雅な貴公子であったという遍昭らしいという感じがする。

 ふと、ワーグナーの「パルシファル」に出てくる花の乙女たちや、「ラインの黄金」に出てくるラインの乙女たちが頭をよぎりましたが、彼女たちが積極的に男を挑発するのに対し、日本の妖精はやはりしとやかだな、などと。

 妄想はさらに、天武天皇の故事は タンホイザーとヴェーヌスにも似ているかな、などというところまで至りましたが、否、否、三たび否! (ツァラトゥストラ風に)
 これはヒドイ妄想でした…。

 私など、耽美的とも言えるようなこの歌、大変な名作と感じるのですが、「古今和歌集」の編者のひとり 紀貫之は違ったらしい。
 「古今和歌集」仮名序で紀貫之は、当時から一昔前の有名な歌人6人 (いわゆる六歌仙) のひとりとして遍昭の名を挙げ、
 「僧正遍昭は歌のさまは得たれどもまことすくなし たとへば絵に描けるをうなを見ていたづらに心をうごかすがごとし」と評しています。

 歌を美しくまとめるのはうまいが内容に乏しい。たとえるなら絵に描いた女を見ていたずらに心動かすようなもの、というような意味でしょう。

 まるでこの歌に対する評のよう。的確とする意見が大勢だと思いますが、私はこの独特の美が好きなんです。

 …以前ブログでカラヤン擁護を書いた時のことを思い出しました。



 それと現代は 絵に描けるをうなを見ていたづらに心をうごかす時代ではないかと。
 先日 NHKの夜9時台のニュースの天気予報のコーナーで、萌えキャラのアニメイションを使っていることに唖然としてしまいました。

 「今来むと」の素性法師は遍昭の子です。

author:, category:いろとりどりの歌(百人一首鑑賞), 00:07
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