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いろとりどりの歌 第5曲「これやこの」

 さて第5曲は 百人一首第十番
 ≪これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬも逢坂の関≫ 蝉丸 (後撰集・雑)

 大変リズミカルで軽妙な歌。

 そのことについては 公任の 「滝の音は」 のところでちらっと触れましたが、「滝の音は」のリズム感がそれほど表立っていないのに比べて、この歌は読んでみれば一目瞭然。

 「行くも」−「帰るも」、「知るも」−「知らぬも」に加え、「別れて」−「逢う」 という対句でたたみかける調子のよさたるや!
 そして「これやこの」という率直な言葉の使用。

 関所の賑わいが鮮やかにイメージされます。まるで土埃が鼻を突くよう。
 人の移動が多くなかった古代においても関所は 行く人、帰る人、知っている人、知らない人入り混じって賑わう特別な場所だったでしょう。

 快活・動的で、明るい調べは、じめっとした貴族の恋歌が多い「百人一首」の中、ひときわ異彩を放っています。
 生きるための逞しいエネルギーまでもが感じられる。

 そのイメージは上方落語につながるような気がするんですね。
 この歌は標準語のイントネイションではなく、関西弁風に読みたいところ。
 私は笑福亭仁鶴師匠の独特の語り口が思い浮かんだりしてしまいます。


 逢坂の関は古代、東方交通の要所でした。
 近世には廃止されたらしく、現在 正確な場所は判っていないようですが、滋賀県大津市の西端、京都 (山科) との境あたりに逢坂、逢坂山などの地名が残り、付近にある東海道本線のトンネルは「逢坂山トンネル」、名神高速のトンネルは「蝉丸トンネル」と名づけられています。

 一方 作者 蝉丸はまさに伝説的な人物。
 平安時代終わりにはすでに 盲目の琵琶法師であったという説が広まっていたようで、謡曲の題材にもなっています。
 不確かな逸話には事欠ず、天皇家の血筋であるという説がある一方で、盲目でもない単なる乞食であるとも。

 後撰集にある詞書は −相坂の関に庵室をつくりて住み侍りけるに行きかふ人を見て

 そんな賑やかなところに庵をむすぶということは、俗世と交わりを絶つというよりも 物乞いをしやすいようにという意図があったのでは? と勘ぐってしまいます。

 かるたでもみすぼらしい姿で描かれていることが多いようですね。
 子供の頃 兄弟で坊主めくりをする時などには 皆に忌み嫌われていた札で、まるでジョーカー扱いでした。

 しかし同時に「百人一首」の中で最も有名な作者のひとりでもありました。

                 

author:, category:いろとりどりの歌(百人一首鑑賞), 12:19
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