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メルマガ2010/06/05 ファルスタッフの権化
 ●●ファルスタッフの権化●●

 歌手の声域で わたしが一番好きなのはバリトンです。
 
 イタリア・オペラ系で好きなテノール歌手は?と聞かれると、
「リゴレット」のマントヴァ公よろしく「あれかこれか」と迷ってしまって
即答は難しいのですが、イタリア・オペラ系の好きなバリトンとなりますと、
エットレ・バスティアニーニ、ティート・ゴッビ、ジュゼッペ・タッデーイ
と答えはバッチリ決まっています。

 個性は三人三様で、バスティアニーニはカヴァリエ(騎士)・バリトンなど
と言われるように、朗々たる美声はセクシーでダンディですね。
 「トロヴァトーレ」のルーナ、「仮面舞踏会」のレナート、「アンドレア・
シェニエ」のジェラールが代表的な役柄。

 ゴッビは、これほど性格的表現に秀でた歌手は他にいないのではないかと
いうくらいの個性的な歌で、悪役が天下一品。
 「オテッロ」のイヤーゴと「トスカ」のスカルピアは他の追随を許さないと
言っていいのではないでしょうか。

 そしてタッデーイは、ゴッビに負けないくらい性格的表現が巧み。その上、
恰幅のよいスケールの大きな歌。
 得意な役柄がゴッビとかぶっていますが、より喜劇的な表現を得意にして
いたと言えるでしょうか。
 何と言っても「ファルスタッフ」のタイトル・ロールですね。


 タッデーイは、イャーゴ、スカルピア、リゴレット、ジェラール、「道化師」
のトニオ、あるいはフィガロなんかも得意にしていましたが、現在彼と言えば
ともかくファルスタッフで認知されているという感じ。

 当時のヨーロッパでは充分実力が認められ、また人気があったはずなのに、
現在の日本での評価は偏っていて、人気の面でもいまひとつですよね。

 その理由はいくつか考えられますが、一番の理由は録音に恵まれなかった
ことでしょう。
 バスティアニーニはDG、ゴッビがEMIとメジャー・レーベルの専属歌手と
して、他の大物演奏家と立派な録音を残したのに比べ、タッデーイが最も多く
録音を残したのはCETRAというイタリアの二流レーベルで、しかも1950年代と
いう若い頃でした。

 タッデーイがCETRAに残した録音は、LP時代国内盤として発売されたことは
あったのでしょうか。
 おそらくまともに入手できるようになったのは、今から10年ほど前、WARNER-
FONITとしてのCD化によってではないかと思われます。
 わたしは当時、ついにタッデーイのイャーゴやリゴレット、マルチェッロ、
そして若い頃のファルスタッフが聞ける!と狂喜したものです。

 メジャー・レーベルのタッデーイといえば、1959〜62年、EMIのドゥルカ
マーラ、レポレッロ、フィガロ、グリエルモ。この頃はEMI専属だったの
でしょう。
 しかしその後は 1963年 DECCAの「トスカ」、1966年 DGの「道化師」と散発。
 
 その後もウィーンを中心に舞台には立ち続けていたようですが、録音は
なかったと思われます。

 そして1980年、日本ではすでに過去の人になっていた時、突然 彼を主役と
した録音が発表されます。

 PHILIPSの「ファルスタッフ」。
 
 タッデーイ 64歳。
 まさにファルスタッフそのものという、一世一代の歌。

 そしてその2年後には、録音と同じキャストでザルツブルク音楽祭の映像
(SONY)。
 そこにはかつらをつけなくても、服の下に綿を入れて膨らませなくても
ファルスタッフにしか見えない男の姿がありました。


 「トスカ」「道化師」「ファルスタッフ」の録音の指揮者は皆、
ヘルベルト・フォン・カラヤン。

 カラヤンがタッデーイを重用してくれたことには、いくら感謝してもしきれ
ません。
 何より「ファルスタッフ」を録ってくれたこと。

 カラヤンがもし彼を引っ張り出してこなかったら、この稀代のファル
スタッフ歌いは、1951年のCETRA録音しか「ファルスタッフ」の録音を
残せなかったことになったわけです。

 その場合の日本でのタッデーイの認知度や評価はどうなっていたこと
でしょう。


 そのタッデーイ、6月2日に亡くなりました。

 3日の夜 お客様に教えていただいたのですが、ちょうど翌日、その「ファル
スタッフ」のDVDをアップしようと思っていたところでしたので、余計に驚き
ました。

 ひと月ほど前にはメッツォのジュリエッタ・シミオナートが亡くなって
います。

 思えばともに、1956年の第1回イタリア歌劇団として来日したメンバー。
 「フィガロの結婚」では一緒に舞台に立っています(シミオナートはケル
ビーノ)。 
 ふたりとも日本でのオペラ発展に一役買ってくれたと言っていいでしょう。

 彼らの芸よ永遠なれ。


 ※なお当店では“タッデーイ”とアクセントを反映させた表記を使用して
おりますが、一般的には“タデイ”と表記されています。また時には
“タッデイ”という表記も見られます。
 ※PHILIPSの「ファルスタッフ」と書きましたが、なぜか現在はDGからの
発売になっています。
author:, category:MELUMAGA-2010-I〜, 20:43
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