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メルマガ2010/08/14 誰が何を耐え忍ぶのか −敗戦記念日に寄す−
 いつも前日金曜日に書いている「ブンテ」、珍しく今回は木曜日に書いたの
ですが、金曜日夜NHKで「色つきの悪夢」という番組を見ました。

 第二次世界大戦中に残された白黒映像に着色を施したもので、戦争を振り
返るという試みです。

 自然な再現を心がけているようで、どぎつい着色はありませんでしたが、
それでも映像によって着色の度合いはまちまち。
 もとの映像の状態にもよるのでしょう、効果をあげていないと感じられる
ものもありましたが、一部は本当に生々しい感じがして、映像に新たな命が
吹き込まれたような感じがしました。
 一番感心したのは戦争自体の映像ではなく、冒頭に登場した 戦争前日と
紹介されている、フランスの小さな町の小学校のひとコマかも知れません。

 ふと思ったのはモノーラル録音にステレオ・プレゼンスなどの効果を施す
のとよく似たことだなと。
 フルトヴェングラーの録音など、たくさんの人がさまざまな着色方法で、
その生々しい再現を試みていますね。

 またこうも思いました。
 近い将来、録音にあわせて フルトヴェングラーがベルリン・フィルを指揮
する姿も再現されるのではないかと。
 きっとあるに違いない!


 ●●誰が何を耐え忍ぶのか −敗戦記念日に寄す−●●

 今年も終戦(敗戦)記念日が近づくにつれ、大東亜戦争の反省、戦争の惨禍
さを伝える番組が増えてきました。

 1945年8月14日、御前会議においてポツダム宣言の受諾、つまり無条件降伏
が決定され、終戦の詔書が発布されます。
 昭和天皇はこの詔書を朗読してレコード盤に録音、翌15日正午からラジオ
放送により、国民に詔書の内容を広く告げることとなりました。

 いわゆる「玉音放送」。

 TV等で玉音放送を紹介する時、必ず「堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ(堪え
がたきを堪え、忍びがたきを忍び)」の部分が使われますよね。

 その部分しか知らなかった時は、戦中の国民の辛苦をねぎらった言葉で、
それゆえに国民の心に響き、この部分が最も有名な箇所となったと思って
いました。

しかし、その後に続く言葉「以テ萬世ノ爲ニ太平ヲ開カムト欲ス(もって
万世のために太平を開かんと欲す)」を知るようになると、どうもそうでは
ないということに気づきました。

 堪えがたきを堪え、忍びがたきを忍んだのは陛下ご自身だったのですね。

 ということで「苦心して大東亜共栄圏の建設に挑んだ(がしかし…)」と
いうことを述べられたのだという理解に。
 ここ数年そう思っておりました。

 しかしこのたび、ちょっとした思いつきで、玉音放送の全文をネットで調べ
読んでみて、それも違うということがわかったのです。
 いやいや、オドロキでした…。
 
 古い言い回しである上 漢語的表現が多く、また句読点も濁点もないので
読むのは大変。

 出だしから「朕深ク世界ノ大勢ト帝國ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局
ヲ收拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク」てな調子ですからね。

 しかしまぁ何とか解る。

 さて例の部分をその前あたりから読んでみると、
「惟フニ今後帝國ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク
之ヲ知ル然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所堪ヘ難キヲ堪ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ萬世ノ
爲ニ太平ヲ開カムト欲ス」

 <今後日本は大変な苦難の時代になるだろう。国民の辛い気持ちもよく
わかっている。しかしどんな困難があったとしても我慢し抜いて、平和な世界
を開こうと思う。>

 平たく言えばこんな意味でしょう。
 なんと 今後の苦難を耐え抜いていくという決意表明だったとは…。

 皆さんはご存知でしたでしょうか?

 学校の授業で 玉音放送の内容を習うわけでもなく、私のように 戦中の国民
の辛苦をねぎらった言葉と勘違いしてる人、案外多いのではないかと思うの
ですが…。
 TVでもまるでそのように扱っているのではないですかね。


 それにしても玉音放送を読んでみると いろいろ考えさせられ、本当に感慨
深い。

 例えば「他國ノ主權ヲ排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス」
という部分。(“カ”は“が”で読んでください)
 う〜〜〜ん… 考えさせられますねぇ…。

 あるいは「加之敵ハ新ニ殘虐ナル爆彈ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ…」と
いうところ。(「無辜(むこ)」は罪のない人々の意)
 原爆のことにも触れていたのですね。

 しかし今回まがりなりにも全文を読んでみて、この文章の一番の肝は、先に
掲載した出だし部分の次に来る文章、
 「朕ハ帝國政府ヲシテ米英支蘇四國ニ對シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告
セシメタリ」
 <日本は米英中ソ四国に対して、ポツダム宣言を受諾すると通告した>
という部分ということが解りました。

 しかし実際は「堪えがたきを堪え」が残った。

 当時の国民の多くが、玉音放送の後のアナウンサーの説明で内容を知った
(敗戦を知った)ということですので、ひょっとすると「堪えがたきを堪え」
の部分だけは聞き取れたのかも。
 そしてひょっとすると当時の国民も、自らの戦中の辛苦に重ね合わせたの
ではないでしょうか。

 しかし内容が解らなかったのも当然ですよね。
 難解な文章、独特の抑揚、その上レコード盤への録音によるラジオ放送。

 また国民が現人神(あらひとがみ)のお声を聞くのは初めてだったという
こともあるでしょう。


 時代はすっかり変わりました。
 平和と引き換えに、失われてしまったものがあまりに多い。

 個々のイデオロギーとは別に、日本の皇室に何千年もひとつの血が流れ
続けていることの尊さを、決して忘れてはならないでしょう。

 ***

 最後の一文について、お客様から「違和感を感じる」というご批判を受けました。
 以下のように変更させていただきます。

 皆様にはいろいろな考えがおありでしょうが、わたしは個人的には、日本
の皇室に何千年もひとつの血が流れ続けていることの尊さを決して忘れては
ならないと考えています。
author:, category:MELUMAGA-2010-II〜, 22:53
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