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メルマガ2011.2.11 萎める花
 ●●萎める花●●

 先月末、400点ほどのCD買い取りのご依頼がありました。

 ご依頼をいただいたのは、以前もお売りいただいたことのある女性の方。
 しかしお話のちょっとした部分から、今回はご自身のものではなく 身内の
方の遺品を処分されるのだろう と感じました。

 数日後、CD到着。
 チェルカスキー、ホルショフスキ、モラヴェッツ、フィルクシュニーを
はじめとするマニアックな演奏家のものばかりであるうえ 貴重なCDも含まれ
嬉しい限りでした。
 ただ大変失礼ではありますが、ディスクやケースが汚れ 傷んでいるものが
少なくなく、出品するにはクリーニングや再生確認など結構 手間がかかる
な、と。
 貴重なものでも 低めに査定せざるを得ないことを もどかしく感じており
ました。

 そんな査定中、数点のCDのブックレットに「小林道夫氏より」の文字。
 かのチェンバリスト小林氏とお知り合いだった様子。
 しかしその文字はお年を召した方のものではない感じ。

 あるいは、ブックレットに挟まれていたメモ。
 貸していたお友達からの返却のお礼のようなのですが、その字も若いもので
あるうえ、宛名が「○○君」。

 身内の方が亡くなられたわけではないのかも。女性でも親しい間柄では
「君」もあるだろう。やっぱりご依頼主本人さんのものなのかな。
 余計な穿鑿で恐縮ながら、そう思い始めていました。

 そんな時、ご依頼主さんから また郵便物。
 
 追加の商品でもあったのかなと思いきや、5冊の本でした。
 ホルショフスキ、リパッティ、カザルス、その他に関する本。
 「お読みいただければ」というお手紙が添えられていました。 

 そして CDと本は昨年末に亡くなられた弟さんのものであるとのこと。

 まさかご兄弟が亡くなられたなんて思いもよりませんでしたので、ちょっと
したショックを受けました。

 私よりもお若いだろうに…
 趣味を同じくしているお姉様の心中は…

 折りしもその前日、父母、われら夫婦、ふたりの弟とその一家の総勢13名が
遅ればせながらの新年会として久しぶりに集合し、楽しいひと時を過ごした
ところでしたので、誰も欠けていないことの幸せを感じずにはいられません
でした。

 査定に関するご連絡時、「小林道夫氏より」の文字があったことをお伝え
していたのですが、氏に手紙を送ったり、また大学の講義を特別に受けさせて
もらっていたりしていた ということも書かれていました。

 相当 熱心な方だったのですね。
 CD時代に “溝が擦り切れるほど聞く” などという言葉はすでに死語でしょう
が、ディスクやケースの汚れや傷みも熱心に聞かれた証なのでしょう。

 ***

 その日の商品アップ時。
 その方にお売りいただいた、フルーティスト 加藤恕彦(ヒロヒコ)のCDを
聞いてビックリ。
 力強く、魂のこもった音。
 細面の優しいポートレイトからは想像できないような極めて雄渾な芸術が、
音質の不備を越えて 迫ってきたのです。

 こんなにすごいフルーティストが日本にいたとは…。
 唖然として商品アップを急いでいることを忘れ、聞き入ってしまいました。

 加藤恕彦は東京出身(1937−63)。慶應大学在学中に渡仏し J.P.
ランパルらに師事。1961年 若くしてモンテ・カルロ国立歌劇場管の首席
奏者に就任しました。ソロ活動もおこない、これからの活躍が大いに期待されて
いましたが、1963年 結婚したばかりのマーガレットともにアルプス・
シャモニーへの旅行中 モンブラン山中で遭難し、帰らぬ人となってしまい
ました。わずか26歳。

 その流麗ではない、命を懸けるような音楽は、まるで夭折を必然としている
かのように感じられました。

 加藤氏と 買い取りご依頼主の弟さんの早世がダブって感傷的になっている
ところに、シューベルトの「萎める花」変奏曲。

 強い吹奏は悲痛な叫びのよう。

 シューベルトの苦悩の早世まで入り混じってくるのでした。


 お買い上げの方々のおうちの棚が、弟さんのCDの終の棲家となります
ように。


 ※買い取り依頼主様の了承を得、書かせていただきました。
author:, category:MELUMAGA-2011, 23:58
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