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いろとりどりの歌 第23曲「うかりける」

 第23曲は 第七十四番
 ≪うかりける人をはつせの山おろしよはげしかれとは祈らぬものを≫ 源俊頼朝臣 (千載集・恋)

 これも一般的には特に有名な歌ではないながら、我が家では有名な一首でした。
 「契りきな」が母の札なら、これは父の札。

 と申しますのも 私たち兄弟が小さい頃、すでに髪が後退していた父を、 “ウアカリ” (南米に生息する禿頭が特徴的なサル) などと呼んで からかっていたのですが、この歌の「うかりける」が「ウアカリ」と語感が似ているうえ、下の句の最初が「はげ」であることから、人気の? 札だったのです。

 しかしいつの頃か、その読み札のほうがなくなってしまった。
 そこで父は札を手作り。
 父は工作や絵が得意なので (照明器具のデザイナーでした)、見事な出来栄えでした。
 われら兄弟の間では、ますますこの歌の価値が高まったのです。

 先日1月29日は 一家の新年会でした。
 私はその札を持ってきてもらって、写真に撮り この歌の紹介に添えようと考えていたのですが、な、な、なんと母が捨てたというではありませんか!
 先年 立派な百人一首を新しく購入したことは聞いていましたが、まさか愛着ある懐かしの百人一首が捨てられるとは思いも寄りませんでした…。なんとも残念です。
 近年の断捨離ブーム、こういう悲劇があちこちの家で少なからず起こっていることでしょう。

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 さて歌。
 「うかりける人」というのは「憂くありける人」で、「振り向いてくれない つれない人」というような意味。

 「はつせ」は奈良県桜井市初瀬。十一面観音をまつる有名な長谷寺のある地です。

 = つれないあの人が振り向いてくれるように と長谷寺の観音様に祈りはしたが、初瀬の山おろしのように激しく、一層つれなくしてくれとは祈らなかった =

 千載集の詞書は、権中納言俊忠の家に恋十首の歌よみ侍りける時 祈れども逢はぬ恋といへる心をよめる
 実際の恋の歌ではなく 歌会で詠まれたものですね。俊忠は定家の祖父です。

 源俊頼(みなもとのとしより) は 平安時代後期の官人・歌人 (1055 - 1129)。官位は従四位上・木工頭。
 宇多天皇を祖とする源氏 (宇多源氏) で、大納言経信の三男。
 経信は 「夕されば」、また俊頼の子 俊恵法師は「夜もすがら」、3代にわたって百人一首に選ばれています。

 一方 定家が百人一首とは別に編んだ「百人秀歌」。こちらは百一首からなりますが、そのうち九十七首が百人一首と一致しています。
 残りの四首のうち 百人一首と同じ作者の別の歌が選ばれているのは俊頼が唯一。
 百人秀歌には、<山桜咲き初めてより久方の雲居に見ゆる滝の白糸> (金葉集・春) が選ばれています。

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 余談ながら「長谷川」という姓は、昨年世間を騒がせた公彦氏など 日本に30万人ほどいるとのことですが、その名のおおもとは桜井市初瀬にあるらしいですね。

 長谷寺ができたのは、長い谷の奥、瀬が泊ったところ。
 そこを「長谷(ながたに) の泊瀬(ハツセ)」と言っていたのが、やがて「長谷」だけで ハツセ、あるいはハセを呼ぶようになった。
 そこが長谷川姓の故郷なのだそうです。

author:, category:いろとりどりの歌(百人一首鑑賞), 22:30
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