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♪Questo♪Momento♪ 第62番「春への憧れの前の不穏」
 この「百曲一所」シリーズを始める際、「百人一首」に倣って「百人一曲」、つまり作曲家ひとりにつき一曲ずつ選ぶようにできないかと考えていました。

 しかし結局 モーツァルトもキュイも1曲ずつというわけにはいかないという結論に。キュイの「オリエンタル」を入れるために モーツァルトの「フィガロの結婚」を捨てるわけにはいかないと (引き合いに出したキュイ、申し訳ない)。

 となると 私にとって一番大きな存在であるモーツァルトは10曲は入るかな と。シューベルトは7〜8曲くらいか などと。



 今回と次回はその2作曲家の作品を取り上げることにいたしました。



 まずは6曲目のモーツァルト。ピアノ協奏曲第27番変ロ長調K.595



 最後のピアノ協奏曲。完成は死の年1791年の1月5日。死は12月ですが。

 この作品はそれまでのピアノ協奏曲とは違っていて、華やかさや立派さよりも 清澄さが目立ち、いかにも最晩年の作品という感じがありますね (最晩年といっても35歳なんですけど)。

 しかしモーツァルト研究家アラン・タイソンによると、自筆譜の透かし模様は 1787年の後半から1788年にかけて使っていたもので、その紙に第1楽章から第3楽章の途中まで書かれているとのこと。

 驚きです。もし本当にその時期に大部分が書かれていたとするなら、ピアノ協奏曲第26番や最後の3つの交響曲とそう変わりない時期に書かれたということになります。



 しかしこの曲の完成は1791年の1月で、初演は同年3月。彼が主役の予約演奏会ではなく、クラリネット奏者ヨーゼフ・ベーアが主役の いわばジョイントコンサート。

 それまで3年ほど放置していたことになります。



 放置の理由としては、ウィーンでの人気凋落のため モーツァルトは長らく予約演奏会を開くことができずにいましたので、そうした大きな曲を披露する機会がなかった。−容易に想像できるところではあります。

 金欠で困っていた折、ベーアとのジョイントコンサートの話が来て、放置していたこのピアノ協奏曲を取り出し 完成させたのかもしれません。



 モーツァルトは自分だけの演奏会ではなく、ジョイントコンサートのために新作をおろさなければならなかった。

 モーツァルトはベーアを嫌っていた可能性もあり (少なくともその十数年前、面識はなかったものの 父への手紙で嫌悪感をあらわにしていた)、いやいやながらのコンサートであった可能性も低くありません。

 それでも また予約演奏会を開くためのきっかけとなれば という前向きな気持ちだったでしょうか。

 しかし戦争、インフレ、不況がウィーンを襲い、音楽界もかつての繁栄はありませんでした。貴族はお抱えのオーケストラを持っている余裕もなくなってきていた。

 モーツァルトの人気の凋落は 単に彼の音楽が飽きられただけではなかったのでしょう。



 そして そのジョイントコンサートが モーツァルト最後の舞台出演となったのです。



 しかし この曲の初演には、1791年1月 ナポリ王夫妻のウィーン訪問祝賀演奏会にて、弟子のプロイヤーの独奏で、という説もあるようですね。

 確かに3月の演奏会のための曲を 1月に完成させたというよりもしぜんな気はしますが…。

 今のところ 有力な説は3月なのでしょう。



 ***



 第1楽章:アレグロ。低弦のさざなみ、弱音のヴァイオリンによる優しい表情の第1主題。弦楽器と管楽器の対話による第2主題も優しく美しい。

 明るい表情ながらも 大曲らしい堂々とした感じはなく、アレグロの快活さのかわりに シンプルな音による透明感と穏やかさがあります。

 ここが好き!は何と言っても 短調による展開部。

 いや その前のブリッジ! 4つの音 (2分音符とスタッカート付きの3つの4分音符) による短いフレーズが、休符を挟んで3セット。そのうつろいの妙たるや。

 短調に転じ、提示部の穏やかな雰囲気から 聞き手を一気に不穏な情緒に落としいれます。

 もちろん展開部に入ってからの第1主題の変容、情緒の高ぶり、再現部への収まり方も聞きもの。

 

 第2楽章:ラルゲットもスゴイ曲。単純で 長調であるのに寂しい。モーツァルトの疲れと慰め、諦めを聞くかのよう。

 第3楽章:アレグロは リート「春へのあこがれ」K.596にそっくりな主題によるロンド的ソナタ。

 それまでの諦観を感じさせる曲想ではなく、子供のような無邪気さのある 明るく軽やかな曲。アインガング、カデンツァが華やかに盛り上げる。

 ウィーンの春、自身の春を恋焦がれるかのようです。





 第1楽章には、展開部へのブリッジとともに 気になるフレーズがあとふたつあります。

 第1主題、オケのみの提示部では 木管による合いの手が突飛な感じであること。

 もうひとつは、31小節目で初めて出てくる 8分休符のあとのアポッジャトゥーラの付いた3つの8分音符。何度か現われますが (ピアノでも奏される)、穏やかな笑いのようにも聞こえます。



 そうだ、急遽 変更。シューベルトは後回しにして、次もモーツァルトの協奏曲にいたしましょう。
author:, category:♪この曲の♪ここが好き♪(百曲一所), 14:28
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