- いろとりどりの歌 第81曲「みかきもり」
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2013.06.28 Friday
今回は第四十九番を。
≪みかきもり衛士のたく火の夜は燃え昼は消えつつものをこそ思へ≫ 大中臣能宣朝臣 (詞花集・恋上)
「みかきもり」は「御垣守」。宮城(きゅうじょう) (皇居) の御門の警備をする役人。
「衛士(えじ)」は諸国から毎年交代で上京し、衛門府に配属されて宮城の守護にあたる者で、火を焚いて番をするのはその職務のひとつでした。
「衛士のたく火の」までが「夜は燃え昼は消えつつ」を言い起こす序詞。
今回はまず三省堂訳を。
− 皇居の警備にあたる御垣守である衛士のたくかがり火が夜ごとに燃えて、昼は消えるように、わたしも、夜は、「恋(こひ)」という「火」が胸のうちに燃えさかり、昼は死んだも同然の繰り返しで、もの思いに沈んでいる。−
最後の「ものをこそ思へ」は、昼だけのことなのでしょうか、夜も昼もなのでしょうか?
三省堂はそのあたりわかりにくいですね。
「もの思いに沈んでいる」という訳なら 昼だけのことと解していそうなものなのに 明確ではない。
一方 難波喜造氏は「もの思ふ」をやや拡大解釈、「日夜苦しい思いをしているのです」と訳し、夜も昼もという立場。
また とあるサイトには「夜は恋心を燃やし、昼は消え入るばかりに過ごしているのだ」と、「ものをこそ思へ」を訳さないという手。
どれも この歌の妙味である「夜は燃え」「昼は消え」の対照と、その後にある反復・継続を表わす「つつ」から、夜と昼の思いを同等に扱っていますが、すると「ものをこそ思へ」が手に余ってしまう。
そうではなくて、この歌、「昼は消えつつものをこそ思へ」、つまり 昼にはメラメラと燃える炎は消え、ぼーっと もの思いをしてしまうということが主眼である歌なのではないでしょうか。
= みかきもりの衛士が焚くかがり火が 夜は鮮やかに燃えるも 昼は消えているように、わたしの恋の炎もいつも昼には消えてしまい、物思いに耽るばかりだ =
題しらず ですが、夜は会えるが 昼は離れ離れという、契りを結んだばかりの恋人へ宛てた歌と考えれば ビタリとはまります。
大中臣 能宣(おおなかとみのよしのぶ) は、平安時代中期の貴族・歌人 (921〜91)。最終官位は正四位下。
神祇大副(じんぎのたいふ) 大中臣頼基(よりもと) の子。家職を継いで伊勢神宮に奉仕し、973年 伊勢神宮祭主となる。以後十九年間在職。
冷泉・円融時代に歌人として活躍。平兼盛、源重之、恵慶らと親交あり。
951年、源順(したごう)、清原元輔らとともに「梨壺の五人」として 撰和歌所寄人となり、万葉集の解読、後撰集の撰進に携わる。
家集「能宣集」。拾遺集初出、勅撰入集百二十首。
子の輔親(すけちか)、孫の 伊勢大輔 も著名歌人となった。
ただし、家集「能宣集」には どの異本にも この歌が収められていないところから、能宣の作ではないだろうという説が有力です。
一方「古今六帖」の一巻には、作者不詳で こんな歌が収められているとのこと。
<君がもる衛士のたく火の昼は絶え夜は燃えつつものをこそ思へ>
「みかきもり」はこの歌をもとにした改作ではないか という説があるらしいですが、これ、ヒドイ歌のように思えるのですが…。
もし「みかきもり」がこれからの改作だとすると、名編曲ですね。