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♪Questo♪Momento♪ 第73番「子の名誉を守る人間の呪い」
 阪大工業会主催の「リゴレット」演奏会形式上演。
 去年の「トロヴァトーレ」に続いて、今回も弟の所属するアマチュアオケが参加。
 弟からの誘いを受け、行ってまいりました。

 入場無料ながら、歌手は二期会のプロのかた中心。
 面白い偶然がありまして、去年の「トロヴァトーレ」のルーナ、そして今年のタイトルロールを歌う 油井宏隆氏が弟の知り合いなのです。
 そして その油井さんが圧倒的にうまい! べんちゃらではありません。
 声量、表現力。彼が出ているとドラマが締まるのです。

 関西フィルのコンマス ゲオルギ・バブアゼ氏指揮によるアマチュアオケは今回も大健闘。
 また 前回の「トロヴァトーレ」にはなかった字幕付きというのも素晴らしいサービス。
 私は確かにオペラ好きですが、近年は字幕を見ながら全曲聞くということはめったにありません。
 当然 細かいセリフや設定は忘れていることもあり、今回の字幕で、リゴレットがマントヴァに引っ越してきてまだ3ヶ月という設定を、ああ そうだった!と思い出しましたし、スパラフチーレが殺し屋としての矜持を見せるセリフに、おかしさを含んだ妙な感激を感じたりと、新鮮でした。

 終演後 弟に導かれ、油井さんにご挨拶。
 去年の「トロヴァトーレ」について書いた記事を読んでいただいていたようで、私がルーナ伯爵という役が好きだと書いたのを受けて、私も一番好きな役だと。
 そして、昔 ピエロ・カップッチッリも聞いたけれど、ロバート・メリルが歌うルーナ伯爵が好きだったとおっしゃいました。
 その時 私は「RCA(の録音)の」と言ってしまいましたが、帰りに考えていて 「トロヴァトーレ」と「リゴレット」を混同し、間違っていたと気付きました。
 メリルのリゴレットはRCA(ペルレア指揮、公爵=ビョルリング)ですが、ルーナはシッパース指揮、マンリーコ=コレッリのEMI録音だった。
 「リゴレット」の実演を聞いて興奮していた直後だったので、「トロヴァトーレ」への切り替えがうまくいっていませんでした。

 ※ロバート・メリルは アメリカ出身のバリトン歌手(1917 - 2004)。イタリア系、特にヴェルディを得意とした 戦後のメトを代表する歌手のひとりです。

 ***

 今回は ヴェルディ:「リゴレット」(原作:ユゴー,台本:ピアーヴェ/1850年作曲) を。

 まずはあらすじをば。

 好色なマントヴァ公爵邸での舞踏会。娘を弄ばれたモンテローネ伯爵が激怒し抗議に来るが、公爵お抱えの道化師リゴレットはそんなモンテローネをからかう。リゴレットに呪いの言葉を吐くモンテローネ。リゴレットはその言葉に恐れおののく。
 リゴレットは美しい娘ジルダを世の中から隔離して大切に育てていた。ジルダが許されている外出は教会だけ。しかしそこで知り合った貧しい学生に恋をしている。それはあろうことか 変装したマントヴァ公爵だった。
 公爵はリゴレットの留守中に家を訪れてジルダに愛を訴え、ふたりは愛を誓う。
 公爵が帰った後、ジルダをリゴレットの愛人だと思いこんでいる公爵の廷臣たちがジルダを誘拐。リゴレットの毒舌に日ごろ嫌な思いをされている復讐を果たす。
 公爵はジルダがさらわれたことを知って悲しんでいたが、廷臣たちに彼女を献上されて大喜び。
 リゴレットがジルダを探しに公爵の邸宅へ。公爵に弄ばれて部屋から出てきたジルダに事の成り行きを聞き、公爵への復讐を誓う。
 リゴレットは殺し屋スパラフチーレに公爵殺しを依頼。まだ公爵の愛を信じているジルダにリゴレットはスパラフチーレの酒場兼宿屋を覗かせる。そこにはスパラフチーレの妹マッダレーナを口説いている公爵がいた。
 裏切りを悲しむジルダに 男装して先にヴェローナへ行っているように命じるリゴレット。
 一方 公爵を本気で好きになってしまったマッダレーナは兄に助けてあげてと懇願。スパラフチーレは依頼人を裏切れないと言うが、結局 妹に押しきられ、真夜中までに誰かが訪ねて来たら殺して身代わりにすることに。
 ヴェローナに行かず そのいきさつを聞いていたジルダ。公爵を助けるために、その戸を叩き、胸を刺されてしまう。
 スバラフチーレから遺体の入ったズタ袋を受け取ったリゴレット。勝利を噛み締めていたが、公爵の陽気な歌声が聞こえてくる。
 恐る恐る 袋を開けてみると、中には瀕死のジルダが。
 彼女は公爵の身代わりになって死ぬことについて許しを請いながら、事切れる。
 涙ながら 呪いを恐れるリゴレット。(完)

 このストーリーもツッコミどころ満載ですよ。
 ジルダがさらわれる場面、目隠しされていることに気付かないというリゴレットのマヌケさはその最大の箇所でしょう。
 その他にも 投獄されるモンテローネが公爵邸の広間を横切るのですが、どこに牢獄があるのだ?とか、最後 心臓を刺されたジルダが結構な時間 話せるのも不自然。

 しかし “それを言っちゃぁ お仕舞いよ”。
 オペラという芸術は 場面と時間設定が不自由なもの。
 そんなアホなとか、そんな偶然ばっかりあるかいな というような常識的なツッコミを まぁいいやと感じさせる。それほどドラマティックな音楽を作ることができたからヴェルディは偉大なのです。
 モンテローネは2つの場面で少しずつ登場するだけですが、リゴレットに大きな影響を与え、音楽の調子を変えてドラマを左右する 実は重要な役。いくら遠回りになっても、公爵邸の広間を通らなくてはならないのです。

 ***

 名曲、名場面にこと欠かない「リゴレット」ですが、「ここが好き!」は、第2幕、リゴレットのアリア「Cortigiani, vil razza dannata」でキマリ。
 一昔前は「悪魔め 鬼め」などという大胆な意訳で知られていましたが、「廷臣ら、呪われた卑しい人種」というような意味。意訳なら「腐れ外道の貴族ども」というのはどうでしょう。
 娘をさらって公爵に献上したことを知ったリゴレットが 廷臣たちに怒りをぶちまける場面です。

 私は実はアリアがあまり好きではありません。ドラマが止まることが多いから。
 心の中の思いを時間かけて歌う。他の歌手の手持ち無沙汰を尻目に。
 私はオペラにしぜんな時間の流れ、しぜんなやりとりによるドラマティシズムを期待しているので、重唱の場面やフィナーレのほうが好きなのです。
 しかし このリゴレットのアリアは、前半は速いテンポによる激情、後半は遅めのテンポでの嘆願という ほかに例を見ない構成になっていて、普段 人前では道化の仮面をかぶっているリゴレットが人間的な感情をさらけ出し、その推移がリアルに表わされる場面となっているのです。
 まさに 人間の生々しい感情の爆発を生涯かけて描いたヴェルディの面目躍如たる音楽と言えるでしょう。

 YOU TUBE の埋め込みを。

 リゴレットはイングヴァール・ヴィクセル。シャイー指揮 ウィーン・フィル 演出はジャン-ピエール・ボネル。1982年制作の映像作品より。

 

 0'00〜 リゴレットが歌いながら公爵邸の広間にやってくる。相変わらず廷臣
      たちに嫌味をかましながらも、昨夜に起きたジルダ誘拐劇についての
      探りを入れる。
 2'33〜 小姓登場。公爵の所在を尋ねるが、廷臣たちは就寝中とか狩とか あや
      ふやな返事。
 2'50〜 それを聞いていたリゴレット、ジルダが公爵の部屋にいることを確信。
      「愛人を探しているなら他をあたれ」と廷臣たち。
 3'09〜 「娘を返してほしいのだ!」とリゴレット。さらった女がリゴレットの
      愛人ではなく、娘だと知って驚く廷臣たち。
     リゴレットは公爵の部屋へ乗り込もうとするが、廷臣たちに押さえこまれ
      てしまう。
 3'36〜 ここからアリア「廷臣ども、卑しき呪われた奴ら!」
     「わしのいとしい子をいくらで売った! 子の名誉を守る時ほど人間恐ろ
      しいことはない!」とヴァイオリン部の激しいパッセージを伴って怒り
      爆発。再度 伯爵の部屋へ突進しようとするも あえなく失敗。
 4'44〜 音楽はおとなしくなる。リゴレットはいつもの悪辣振りはどこへやら、
      泣きじゃくってマルッロに「優しい君、どこに隠したか教えてくれ」
 5'54〜 「みんな お願いだ、この老いぼれに かけがえのない娘を返してくれ」
      と、老人の弱みで切々と訴えかけるリゴレット。
     チェロとオーボエのオブリガートが もはや悪辣な道化とはまったく別の
      人間的な感情をサポートしており、大変印象的です。

 ヴィクセルの歌はあまり好きではありませんが 演技はうまい。
 また 舞台ではなく 映画ならではの細かい演出が楽しめます。モンテローネ投獄は、窓の外という設定になっていて しぜん。
 そして そのモンテローネがヴィクセルによるひとり二役。いろいろ考えさせられる面白い演出です。
 ジルダはグルベローヴァ、公爵はパヴァロッティという豪華キャストの映像作品です。
author:, category:♪この曲の♪ここが好き♪(百曲一所), 11:45
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